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第4話 まかないごはん

アルバイトが始まり、週5で入っていた。 仕事を覚えるまではそうなるだろうと思っていたので、苦ではなかった。 「仕事を覚えるのが早くて助かるよ。」 橘にそう言われたが、それは橘が教えるのがうまいからだ。 高校時代に短期バイトをしたが、その時は大してちゃんと教えてもらえず、間違ってばかりでよく怒鳴られた。 段々に自分から動くのが怖くなり、細かいことまで確認するようにしたら「使えない奴」という烙印を押された。 ほかのバイトはそれでもやれていたから、やっぱり俺ができない奴なんだろう。 橘は、何を教える時も必ず手本を見せてくれた。 なぜそれをするのか、どうするとうまくいくかのコツも全部教えてくれた。 自分ができることを、相手目線で教えるのは難しい。 それを一つ一つ、ちゃんとやってくれるのだ。 もちろんヘマをしてしまったことはあったが、怒ったり嫌味を言われることは一度もなかった。 うまくいかないことは、一緒にどうしたらいいか考えてくれて、本当によく面倒を見てくれた。 オーナーシェフも橘をすごく信頼をしていて、店を継がせたいくらいだと言っている。 俺に対してもオーナーが寛容なのは、橘の紹介のおかげなんだろう。 働くのが楽しくなって、高校時代のバイトのトラウマも薄れていった。 特に仕事終わりにまかないを食べながらおしゃべりをするのは楽しかった。 橘は理学部で宇宙関係の勉強をしている。 星を見る会に入っているのは伊達ではなかった。 母子家庭で経済的に余裕がなく、大学費用と他県の研究室への勉強遠征のために、夜の仕事もしたらしい。 通りで”うまい”はずだ…と納得した。 田舎から出てきた純朴な自分にとって、橘の夢や行動力はどれも刺激的だった。 橘と一緒にいると、自分も頑張ろうという気になる。 最初は週1と言われていたバイトも、結局週5で固定になっていた。 橘も週4はシフトが入っていて、なんだかんだで2人ともサークルはイベントぐらいにしか行っていなかった。 ―――――――――――――― ある日、まかないを食べていたとき、ついに彼女について聞いてみた。 「こんなに忙しいのに、彼女とは会えてるんですか?」 「まあね、ここが休みの時はそうしてるよ。」 (週3が彼女なら、週4の俺の方が会ってるじゃん。) と、心の中で無駄なマウントをとった。 「デートはどこに行くんですか?」 「星を見る会で知り合ったから、最初は科学館やプラネタリウムだったんだけど、さすがに飽きたみたいで。水族館や映画館も行ってたけど…今は街歩きかな。あっちは、旅行やアウトドアが好きで。俺はなかなか日程が合わなくていけないんだけど。彼女は友達ともよく出かけてるよ。この間もキャンプ行ってたし。」 活動的な彼女なんだな…。 インドアで「彼女いない歴=年齢」な自分からは想像が及ばない。 星を見る会に行ったとき、橘の彼女は見たことがある。 ゆるふわ茶髪のパーマで、可愛い子だった。 誰とでも話せて、どんなくだらない話でも笑ってくれる。 俺からしたらコミュニケーションの化け物だ。 一方で、よくない噂も聞いた。 彼女が他の女の子の彼氏を誘惑してるとか、橘と付き合ったのは気に入らない女の子が橘を好きだったから、とか。 本当のことはもちろんわからない。 なんにせよ、橘が彼女を好きで付き合っているならそれでいいんだ。 橘と水族館に行ったり、街歩きをしたりするのは楽しそうだな…と想像した。 それがあの可愛い彼女なら、美男美女で本当にお似合いだ。 ロマンチックな街の景観にすらマッチする。 「那央、ボーっとしてるけど、大丈夫?具合悪いの?」 色々考えていて、食事が進んでいなかった。 「え、いや、ちょっと考え事しちゃって…。」 「何か用事があるなら、先に帰ってもいいよ。あとはやっておくから。」 「いや!大丈夫です!なんでもないです。」 急いで残りの食べ物をかきこんだ。 「ところでさ、今週の日曜日空いてる?」 「空いてますけど…。」 バイトでも代わってほしいのだろうか、と思った。 「ムーンライトビルのプラネタリウムで、新作が上映されるんだ。一緒に行かない?」 ホントに? そんな都合のいい話ある? 喜びと驚きが入り混じる。 「い、行きます。本当に、1日何も用事ないんで…。」 「それなら良かった。まあ、1人でも行けるんだけど、那央も一応『星を見る会』の部員だしね。ムーンライトビルは行ったことある?」 「いや、ないです。」 「服のお店もたくさんあるし、飲食店も充実してるから、そっちも行ってみない?上映時間は、あとで連絡するよ。」 デートだ…。 嬉しい…。 こんなに週末が楽しみになのは久しぶりだった。

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