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第6話 絆創膏
プラネタリウムに行った日から、橘とはバイト終わりにも飲みに行ったり、俺のアパートで一緒にDVDを見る機会が増えた。
オーナーからは、「那央くん、垢抜けたねー!お客さんからも、『新人のイケメン店員目当てに行きます』って言われてるよ。橘くんからどんどん教わって、頑張ってね。」と言われた。
親しくするようになってからも、橘はそれまでと変わらず紳士的だった。
根っから爽やかな男なんだろう。
――――――――――
そんなある日、アンプデモアに出勤すると、橘はこめかみの近くに絆創膏を貼っていた。
「どうしたんですか?それ。」
「ああ…。ちょっと彼女とケンカして、引っかかれたんだ。」
(え…彼女はネコですか?こんな神みたいな先輩を引っかいて許されのはネコだけですよ。)
と、思ったが言わなかった。
「何で怒られたんですか?」
「…あんまり彼女が色んな男と出かけるから、その男の彼女の方からクレームが来たんだ。で、それを伝えたら、俺が一緒に遊んでくれないからだ!って、引っかかれたんだよ。遊んでないのは、あっちに先に予定が入ってるからなんだけどね…。」
橘の彼女は遊びだけでなく、ボランティアや学生起業の勉強会にも行っていて予定が立て込んでいるらしい。
まあ、何が理由であれ、何も引っかかなくても…と思った。
「先輩は…彼女が他の男とよく出かけるのは…いいんですか?」
「俺は、彼女は浮気してないと思うんだ。活動上、仕方ないというか…。あとは、俺の性格なんだけど、知らないことは考えないようにしてるんだ。彼女がどこで誰と会っていても『そうなんだ』ってなるだけだよ。だから、俺自身は問題だと思ってなくて…。今回は、あっちの女の子の気持ちを配慮するよう注意したんだよね。」
「先輩、寛容なんですね…。」
「逆に、それでキレられたんだけどね。他人にクレームを言われてその通りにした…っていうのが、彼女的に許せなかったらしい。」
彼女の思考回路は俺には難しすぎて、イマイチ理解できなかった。
「俺が彼女だったら…少しくらい心配されたり、束縛された方が…付き合ってる感あって嬉しいんですけど…。」
「そうなんだ…。って、なんで彼女側の目線なの?」
そういえば。
先輩にだったら束縛されたいな、という欲望がうっかり出てしまった。
「いや!男の自分だったら、『先輩と会う時間を減らして』とか言われたら嫌だから、束縛は嫌…ってことになると思って…!男女の違いもあるんじゃないかと!っていう意味です!」
「なるほどねぇ。彼女は自由だから、束縛嫌いそうだけと、少しくらいあってもいい?のかな?」
ただ、それだけ活動的な彼女を、今更束縛できるかは甚だ疑問だが…。
「あのさ…さっき、俺との時間を減らしたくない…みたいに言ってたけど、那央は俺と一緒にいてつまんなくない?」
「え?つまんないわけないじゃないですか。いつも楽しいですよ。」
「そっか。なら良かった。なんか、俺、今まで付き合った彼女から、よく『一緒にいてつまんない』って言われるんだよね。」
なんだそれ!
つまんないなら俺にくれ!
「結局、俺はオタクなんだ。宇宙の話はできるけど、他の話はさっぱりで。行く場所も科学館、博物館だし、観光に行っても資料読んじゃうから、なんか、女子的にはつまんないんだよ。」
橘は話上手だ。
ただウンチクをたれて自分が気持ちよくなっているだけのオタクとは大違いなのに。
橘は女運が悪いんじゃないだろうか。
「ああ、なんか、そういう自信のなさもあるのかな。『相手には他に自分よりいい人がいるんじゃないか』って思うと、束縛なんかできないんだよ。」
じゃあ、もうその彼女達はサッサと他の人に乗り換えていただいて、先輩は俺のとこに来ればいいじゃん!と、心底思った。
「俺は…先輩といて毎日楽しいですよ。男と女は違うと思いますけど、つまんないなんて、ないです。」
「そっか…。なんか、那央といるときは普通なんだけど、女の子だと緊張するんだよな。楽しませなきゃ…みたいに気張っちゃうんだよ。」
先輩の社交スキルで女の子に緊張するってどうゆうこと?
女の子を楽しませるって、さらにどんなサービスが上乗せされるわけ?
とりあえず、そんなに女の子が疲れるなら、もう俺でよくない?
俺でいいじゃん。
自分がイケメン高身長だったら、そう言って強気で迫るかもしれない。
だが、残念ながら、自分はただの平均身長を下回る、平凡顔の大学生だ。
男として橘の恋愛の土俵に上がる勇気はない。
どうせ橘には、いつかちゃんと橘の良さを理解してくれる素晴らしい女性は現れるだろう。
俺は、その時までの繋ぎ、ヒマつぶしの友達でいいんだ。
下手に告白して会いづらくなるよりも、友達ならずっと仲良くいられる。
お客さんが来たので、話をやめた。
橘の意外なコンプレックスを知って、その日の仕事はおぼつかなかった。
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