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第7話 1年後
橘との刺激的で楽しかった日々は、学年が上がったことであっけなく終わりを迎えた。
橘は三年生になってからほとんどバイトに来れなくなった。
研究と他大学での勉強はもちろん、宇宙関連の仕事がある省庁の採用企画に行ったり、民間のイベントにも精力的に足を運んでいた。
バイトは、新人も入ってなんとか回っていた。
自分も2年になり、去年よりは忙しい。
不満があるわけじゃないが、淡々と毎日は過ぎていった。
一気に生活の彩りが無くなり、自分は橘と出会う前の、ただの平凡で真面目な学生に戻っていると感じていた。
彼女はできた。
同じ教育学部だ。
やっぱり特に不満はなかった。
大学の話、友達の話、バイトの話、遊びに行く計画…。
興味がないわけじゃない。
ちゃんと楽しく過ごしていた。
でも、どうしても比べてしまう。
橘がいた一年と。
時々、橘に連絡してみようかと思う時もあった。
でも、もし返信が無かったら…俺は傷つく。
宇宙関連の業界はこの数年で加速度的に発展していた。
最近、世界有数の財閥が宇宙事業に本格的に乗り出し、日本に資金提供をしたり、民間の技術を買い取って拠点を設け始めたのだ。
橘が研究している宇宙都市計画も空想ではなくなってきたのだ。
追い風のうちに動くのは当然だろう。
橘は今、夢を叶えるために奔走している。
こんな、連絡が来なかったら傷つくような豆腐メンタルな俺がうろうろしてはいけないんだ。
時々、プラネタリウムには一人で行った。
そして、橘の話してくれた宇宙の話を思い出していた。
宇宙の始まり、これからの宇宙、宇宙の中の自分たち…。
ときに、神や宗教の話、脳のしくみについての話になることもあった。
大半の話は聞いてもわからなかったが、橘が夢中になっていることを垣間見れたことが嬉しかった。
一方で、俺は教員になる。
教員になって、俺は何をするんだろう。
教科書を教えて、テストをして、いじめが起こらないようにして、保護者と進路の話をして…。
大切な仕事なんだろうけど、橘の、人類のこの先を語る情熱には遠く及ばない。
「なんとなく」先生を目指して教育学部を選んだことを後悔し始めていた。
橘と過ごした一年が輝いていたのは、橘の夢の輝きがあったからだ。
橘は、自分の夢に真っ直ぐだった。
憧れだった。
そんな橘が、俺のことを見てくれたことが嬉しかったんだ。
俺といるとき、橘は、いつも俺のことを考えてくれていた。
俺が喜んだり、嬉しくなったり、慰められるようなことを言ってくれた。
とても、寂しい。
でも寂しいからといって、自分の都合で連絡するようなことはしたくない。
俺も、強くなりたい。
自分の夢に突っ走れるような男になりたい。
そう思った時だった。
スマホのメッセージの通知が鳴った。
『誕生日おめでとう!しばらく会ってないけど、元気だった?』
橘からだった。
なんだよ。
忙しいのに、思い出すなよ、俺の誕生日なんか。
いつもこうだ。
諦めようと思うと、くじかれる。
返信をして、ベッドに寝転がる。
またすぐに橘から返信がきた。
『近々、ごはん行かない?お土産も渡したいし。』
予定を伝えると、週末に会うことになった。
『楽しみにしてるね。』
と、スタンプが押され、やりとりが終わる。
今年1年で、1番嬉しかった。
また、やっぱり自分は橘が好きなんだと思い知らされる。
ジッと目を瞑って噛み締めていると、彼女からメッセージが来た。
『遅くなってごめん!今からアパートに向かうね!』
今日の自分の誕生日のお祝いに、夕飯を作ってくれるところなのだ。
勉強熱心で、子どもが好きで、正義感も強い彼女。
いい先生になるだろう。
本当に、いい子なんだ。
俺なんかのどこが好きなんだろう。
教育の信念もなく、男を好きになってしまって悶々と悩み、色ボケしている。
自分をごまかして、善良な女の子と騙し騙し付き合っている。
俺は、弱い人間だ。
ため息が自然と漏れた。
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