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第14話 魔法の夜

気がつくと、那央はアンプデモアの前にいた。 時計を見ると、24日の帰宅時間に戻っていた。 お店も閉まっていたので、バイトをちゃんと終えたところなのだろう。 那央は家に向かって歩き始めた。 華やかな街並みを横目に歩く。 オシャレをした楽しそうなカップルとすれ違う。 仕事帰りのサラリーマンもいるのが救いだ。 どこからか、女の怒ってる声が聞こえた。 周りの人も声がする方を見る。 女は一緒にいた男を平手打ちし、スタスタと行ってしまった。 クリスマスイブにケンカなんて、お気の毒に…と思ってみると、取り残された男は橘だった。 「先輩!」 ギョッとして急いで駆け寄った。 「那央…!ま、まさか、見られちゃった…?」 橘がぶたれた頬を押さえながら言う。 「…見ちゃいました。ドラマの撮影かと思いましたよ…。」 「やぁ…本当に…恥ずかしい…。こんなところを見られてしまうとは…。」 橘はため息をついた。 「あの、とりあえず、どっかお店入りませんか?」 橘を保護するかのごとく、近くの居酒屋に入った。 適当に注文すると、すぐにビールが来た。 乾杯すると、橘は珍しく一気にビールを飲み干した。 「まあ、見ての通りなんだけど、さっき振られたんだ。」 橘は苦笑いしながら言った。 「そうなんですか…。なんで…。」 「去年からすれ違いが多かったからね。ダメならダメで俺もちゃんとけじめをつければ良かったんだけど。ケンカするのが嫌で、ちゃんと話をしなかったんだ。」 すぐ手が出る人とはそりゃ怖くて話し合いなんてできないよ…と思ったが、言わなかった。 「なんか、いい人ができたみたいなんだ。元々モテるから、不思議なことじゃないんだけど。徹底的に比べられたよ。その、いい人はすごく活動的で、起業も考えてるんだって。正直、パワフルなカップルでお似合いだと思ったよ。」 「比べられるのは…さすがに辛くないですか…?」 「そこで俺がどう出るか、最後に確かめたかったんだろうね。なんか、俺は2人がお似合いなことに妙に納得して、引いちゃったんだ。」 束縛すらできない、先輩らしい反応だった。 「黙って別れてもいいのに、わざわざそれを言ったのは、彼女の親切心でもあったんだと思う。俺が、人とぶつかり合えなくて、決められない人間だから。もう少し、俺に変わって欲しかったんだろうね。」 彼女とはいえ散々言われて、それでもそれを親切心といえる先輩はホント神だな…と思った。 「激しい人なんですね…。オレだったら、ついていけないです。」 「まあ…比べられて、一番キツかったのは…。」 こんな神レベルで寛容な先輩でもキツイ話って、なんなんだろう。 「セックスを比べられたことかな。ずっと不満だったのかと思うと、堪えたよ。」 思わず笑ってしまった。 「それも、親切心からですかね。」 「彼女的にはそうだね。お勉強ができるだけじゃダメなんだと反省したよ。ちゃんと、一回一回真剣に、向上心をもって、研鑽を積まないとね。」 ひときしり笑ってから聞いた。 「でも、それって…浮気したってことですよね…。それは、腹が立たないんですか?」 「彼女だって、迷ってたんだと思うから、仕方ないかな、って。人間の感情なんて、タイミングよく割り切れるもんじよないよね。」 今日の橘はお酒のペースが早かった。 お酒に強いから見た目は変わらないが、やっぱり振られたショックはあるのだろう。 ふと、魔法のことを思い出した。 このイベントは魔法のせいかもしれない。 明日には何ごともないように元通りになって、また先輩は彼女と付き合っているかもしれない。 そう考えたら、勝手に胸が痛くなった。 「俺も注文お願いします。」 「もう頼むの?今日はペース早いね。」 「先輩の失恋記念日なんで、とことん付き合いますよ。」 「はは。明日、俺もバイト行くよ。もう、無給でも行く。」 「カップルで予約満席なんで、よろしくお願いします。小さな恋のお店に、彼女にぶたれて振られたウエイターが給仕するクリスマスですよ。」 「そこで人の幸せを願えるようになったら、オレは天国に行けると思う。」 久しぶりに楽しい飲み会だった。

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