27 / 94
第27話 リオンの母
「莉音の親御さんはどんな方なんだい。」
藤波はカウンターでウイスキーを呑み始めた。
「母はシングルマザーで、母の実家で祖母と3人で住んでました。母は昼はお弁当屋さん、夜はスナックで働いていました。」
「おや、夜の仕事がうまいのは、お母さんのおかげかもしれないね。」
「どうでしょう。そんな話が上手い人には見えないんですけど。」
鮭と野菜をホイルに包み、味付けしてフライパンに乗せ、火をつける。
「莉音は、お母さんのことをどう思っているんだい?」
「経済的に豊かではなかったので、母が働き詰めで不憫でした。なのに、大学に行かせてくれて、しかも、就職に有利とは言えない宇宙研究に進みたいと言ったとき、母は喜んでくれました。一度も心配されませんでした。すごく……感謝しています。」
天然出汁のパックを火にかけ、野菜と豆腐を切って入れる。
冷蔵庫には、家政婦が用意していてくれた煮物と漬物があった。
適当な小鉢に盛り付ける。
「素晴らしい器量の方だね。そんな母親に育てられた莉音少年は今、どうなったんだい?」
「そう……ですね。母と同じように働きづめではあります。ただ、宇宙に関わる仕事に向かっているので、辛くはありません。もしかしたら母も……私を生き甲斐に頑張ってくれたかもしれません。」
自分の目を覚まさせてくれた、那央のことを思っていた。
愛しい那央がいるから頑張れる。
母が応援してくれた夢を、那央が繋いでくれたのだから。
「早速、いい話をありがとう。鮭と、味噌汁のいい匂いがしてきたね。」
お盆に乗せて、定食風に出す。
橘は藤波の隣に自分の分を置いた。
「急に頼んでこんなにちゃんとしたものが出るとはね。いや、イイ人に巡り合えて良かったよ。」
藤波は、いただきます、と手を合わせて言って食べ始めた。
橘も同じようにして食べる。
「うん。うまい。」
藤波が食事をするのを初めて見た。
いつもはナッツしか頼まない。
線が細い体に似合わず、うまそうに頬張る。
食器はどれも使いやすくが高級感があった。
どのような工夫が凝らされているかはわからないが、箸も持ちやすく使いやすい。
お米も炊飯器も、高めなのだろうと感じる。
自炊でこんなにおいしい白米が食べられるとは思わなかった。
「あの……失礼ですが、すごくよい暮らしをしているなと思って……。要芽さんのお仕事は、小説家だけなのですか?」
「いや、他に不動産と株の収入があるんだ。実家のおかげで、俺名義のがあるんだ。」
不労所得というやつだ。
「なるほど……。自分には無縁の世界です。」
「俺は、手を使って仕事をする人が好きなんだ。野菜を育てて、魚を獲って、道路を作って、料理をして……みたいな。そういう人たちのおかげで、たくさんの人が暮らせる。偉いことだよ。それに比べて、数字がカタカタ変わるのを見て金をもらうのはつまらないね。だから、作家業は俺なりのささやかな反抗だよ。じゃないと、知能を奪われたペットと同じだ。」
藤波は味噌汁をすすった。
ともだちにシェアしよう!