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第29話 角田
翌日、バーでは常連の角田が来た。
角田は見た目は好青年で筋肉質、人懐こく、バーを盛り上げるのに積極的だった。
自分がゲイであることもオープンにしていて、悩み相談なんかも受けている。
最近はよく、藤波の座るカウンター席が気に入っているようで、橘ともよく話すようになった。
「俺、今日、誕生日なんだ。一緒にお祝いしてよ。」
「それは、おめでとうございます。」
「橘君、ブランデー好きだよね。俺はスコッチで。」
二人分のお酒を用意して乾杯する。
角田の誕生日祝いとして、チーズ盛り合わせを作る。
「ありがとね。橘君みたいなイケメンと呑めるなら、今年の誕生日は最高だよ。」
「いつも一緒に呑んでるじゃないですか。毎回最高だと思ってください。」
「それもそうだな。でも、橘君はヘルプなんでしょ?いつものバーテンダーが戻って来るのは嬉しいけどさ、橘君がいなくなるのは寂しいよ。」
「坂上さんがよければ、いつでも来ますよ。」
「じゃあ、橘君で売上立てとかなきゃな。もう一杯どう?」
こんな調子で、角田は橘にどんどんお酒を勧めた。
業務中なので自重はするが、いつもよりはよく呑んでいた。
「橘君さ、このバー似合ってるよ。華があるっていうか、男の色気がさ。」
角田が舐め回すような目で橘を見た。
「バーが薄暗いのと、俺が幸薄そうだからですよ。」
「うまいこというね!橘君はさ、どっちもうまそうだよね。」
「どっち、というのは?」
「仮にさ、男と寝たら、攻めてる橘君もカッコいいし、やられてる橘君もエロくて良さそうだな、って。」
「機会が無いので、想像できないですね。」
「一度、男を知ってもいいと思うよ。世界が変わるから。いい人紹介するよ?俺でもいいし。それなら万々歳。ねぇ、もうこっちに移籍しようよ。」
今日の角田はいつもより絡んできた。
「スタッフとしては、まだヘルプなので甘やかされてますが、本当にそう希望するなら、厳しく修行しないと坂上さんには雇ってもらえないですよ。」
実際、坂上は腕もいいし、この怪しい店の雰囲気もうまくコントロールしていた。
今だって、お客さんと話しながらも、橘の様子をちゃんと把握している。
「そっかぁ。じゃあさ、連絡先、交換しない?たまにはそっちのお店にも行くよ。」
そう言われてしまうと断りづらい。
橘は連絡先を交換した。
「ありがとね!ここは元から好きなバーだけど、橘君がいると思うとさ、より来たくなっちゃうんだよね。期間限定ってのがまたにくいというか……。これが坂上君の作戦なら恐れ入るよ。」
結果的に、角田から落ちるお金が増えたらそうかもしれない。
「俺の気持ちだからさ、今日はもう一杯だけ呑んでちょうだいよ。」
さらにブランデーを追加された。
――――――――――――――
藤波のマンションに帰ると、使った食器がシンクにあった。
予定していたものは全て食べたようだ。
コップに水を汲んで飲み干す。
疲れていたせいか、酔いが回っていた。
それでもなんとなく、もう一杯くらい呑みたくて、ブランデーを注いでソファに座った。
藤波は寝ているようだ。
休める日が決まったので、夜中だが那央にメッセージを送る。
いつもなら割と何時でも既読になるが、今日はつかなかった。
もし、今、那央と同棲していたら、那央が寝ていても那央を抱いていただろう。
別に、角田がどう、というわけじゃない。
ただ、お金のために人に付き合うことに、時々嫌気がさすことがある。
角田は、俺を妄想して抜いたことがあると言っていた。
そういうバーで、夜の仕事なんだから、いちいち気にしてはいられない。
きっと母も、楽な仕事ではなかっただろう。
ブランデーのグラスを見つめた。
このグラスもなかなかの値段だ。
世の中に、普段使いのグラスに金をかけられる人間もいれば、自分のように金で人生を左右される人間もいる。
「やあ、帰ってきたんだね。」
藤波が起きてきた。
「すみません、うるさかったですか?」
「いや、まだ僕も起きていた。昨日の君の話が良かったから、少し書き進められたよ。僕もご一緒していいかな?」
そう言って藤波はウイスキーを用意したので乾杯した。
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