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第30話 那央について
「今日は、角田が来たんじゃないかい?」
「え、よくわかりましたね。」
「君が酔うほど、うまく呑ませられるのは、角田くらいかな、と思ってね。」
「おっしゃる通りです。」
「角田は君を狙ってるよ。誘われたらどうする?」
「すみませんが、お断りします。連絡先は交換しちゃいましたが。」
「ほぅ。タイプじゃなかったな?」
「……俺は、もう恋人がいるんです。一個下の後輩で、男ですけど…。」
酔った勢いと、契約の嘘、偽りなくという言葉に後押しされて、カミングアウトした。
「やっぱり、ね。君の色気はそこから来ているんだよ。大分惚れ込んでるみたいだね。」
「はい。お金があれば、一緒に過ごす時間が増えるんで、こんな怪しいバイトも考えなしに引き受けてしまいました。」
本音をぶっちゃけると、それを聞いて藤波は笑った。
「恋は盲目のいい例だ。恋人は、どんな子なんだい?」
「俺の夢を応援してくれました。それがきっかけで好きになりました。」
「母親の印象が重なったのかな?」
「そうかもしれません。それに可愛いんです。なんにでも感動しやすくて、ずっと一緒にいて、飽きません。」
「それはイイ人にめぐり合ったね。」
「はい。彼のためなら、何でもできます。」
なんとなくそう思っていたが、改めて口にすると、いかに自分が那央を好きかわかった。
「愛……というものかな。では、君が彼を愛する理由は、それだけかな?」
「え?と、言いますと?」
「普通、愛着、愛情はありつつも、己の全てを投げ打つような愛には簡単にはいかない。君は、健康を犠牲にし、怪しいバイトを引き受け、角田の欲情を受けながらも、彼との幸せのために頑張っている。愛に近いと感じるよ。どうして、彼のためならそこまでできるのかね?」
「愛……よりも、罪悪感でしょうか。付き合うまでに、3年かかりました。ようやく両想いとわかったのに、今も離れ離れ。もし希望の職に就けてもまた数ヶ月単位で離れ離れかもしれないんです。全部、俺の都合です。」
橘は、ブランデーのグラスを見つめ、指でなでた。
「うむ。それは寂しいね。」
「はい。それに……やっぱり、男同士で……。俺と出会わなければ、彼には違う幸せがあるんじゃないかと……。」
「セックスは済んでいるのかい?」
「……いえ。」
「そうか。精神的な渇望ほど毒なものはない。肉欲など可愛いものだ。そちらを済ませてみれば、新たな答えも見えて来るかもしれない。」
「そうかもしれませんが……。痛い思いをさせたくなくて、機会を伺っているうちに、間延びしてしまいました。」
「……莉音、僕と君の付き合いはまだ浅いが、僕は、君がただの優男のようには見えない。君だって、自分の中にあるものを感じているんじゃないかい?」
「なんでしょう……。そりゃあ、那央に対する欲情はありますが……。」
「那央君と言うんだね。」
うっかり言ってしまった。
「莉音、"本当の自分"ほど、美しく、強いものはない。この一カ月で、君の本当の姿を見せておくれよ。」
そう言って、藤波はにやりと笑った。
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