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第40話 藤波少年

― 第三章 藤波と翔優 ― 橘莉音との同棲は、約1週間で終わった。 橘が部屋を出たその日の夜に、家政婦の池上翔優(いけがみしょうゆう)に電話をした。   「ああ、休み中すまないね。家事をお願いしていたバイト君が今日で終わりになったんだ。大分予定より早いけど、戻れるかな?」 きっとすぐにでも帰って来るだろう。 翔優が、この1ヶ月の休みを有意義に過ごせているとは思えなかった。 案の定、電話をして1時間後にはマンションに来た。 「お暇をとらせていただき、ありがとうございました。」 「給料そのままで、休みが短くなったんだから、文句くらい言ったらどうなんだい。」 「ここでのことは、仕事と思っていないので。」 だろうな。 翔優は、僕のことが好きなのだ。 だから、僕の世話は仕事ではない。 ――――――――――――― 中1の時、叔父の藤波獅堂が翔優に勉強を教えてくれ、と持ちかけてきた。 翔優は小5で本家の使用人の息子だった。 勉強が苦手で、教えて欲しいとのことだった。 小学生の内容で勉強が苦手ってなんだよ、覚えるか、パズルみたいなものじゃないか、と思った。 翔優は、生気のない顔をしていた。 目に光がなくて、口がいつも僅かに開いている。 丸顔で、細い。 身だしなみは親がきちんとさせていたが、気力を感じないせいか、どこか不潔に感じさせた。 苦手だというところを教えてみると、確かに何もわかっていない。 対人に障害があるか、学習に障害があるのか。 最初から大して興味もなかったが、いよいよ面倒になって、教科書を渡し自分で読んで解くように言った。 すると、翔優はスラスラ解いた。 「なんで、人に教わると、わからないんだ?」 「……聞きながら理解しようとすると、わからないんです。人の声が音楽みたいに流れて、何を言っていたかが、わかりません。」 会話はできていたし、一方的な長い説明を聞くのがダメなだけで、理解力がないわけじゃなかった。 歌のメロディはわかるが歌詞がわからない、みたいなものだろうか。 「学校の授業形式は、君には最悪というわけだ。」 「……気づいたら、先生が次の話をしていたり、勉強じゃない話をしていたりして、何の話をしていたか、わからなくなるんです。」 「なるほどね。そもそも、教師の話はつまらないし、価値がないから聞かなくていいよ。さらに、教科書を読んでわかるなら、教師は要らないということだ。良かったな、学校にわざわざ行く必要が無いとわかって。」 「……学校に、行かなくて、いいんですか?」 「自力で勉強できるなら、行かなくていいんじゃないのか?自分が1時間でできることを、学校では何時間も何日もかける。そりゃ、できるものもできるようにならないさ。」 翔優は、口を半開きにして、ボーッとした顔をしていた。 学校でもこんな顔をしているなら、もしかして友だちもいないかもしれない。 人間が、異常を感じる人間をつまはじきにするのは当たり前だ。 「学校は、楽しいのか?」 「……いえ。僕がバカなので、先生には怒られるし、友達も、僕が何か言うと、笑ってきます。なんで、笑われているのか、わかりません。」 翔優は、ただそう言った。

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