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第49話 フランス
藤波家は経済界の人間のパーティーがよく開かれていた。
箏の腕前が上がった翔優は、余興やBGMとして、パーティーで演奏することが増えた。
一人ではコミュニケーションがとれないということで、僕が付き添う。
翔優は、どんな時でも緊張しなかった。
大物か愚者がわからない。
ある日のパーティーで、フランス人の資産家が来ていた。
翔優の演奏をいたく気に入り、自分のパーティーでも演奏してほしいと依頼が来た。
翔優の艶かしい演奏と寡黙な14歳というミスマッチが、見ている人間の好奇心を誘う。
これが青年だったら、声はかからなかっただろう。
演奏は、フランスで行ってほしいということだった。
流石に簡単に返事はできない。
僕は、翔優の親にこの話をした。
ひきこもりがちの翔優にはインパクトのある体験だ。
どうせどこに行っても緊張しない。
せっかくの機会は利用して、大舞台を踏ませていけばいい、と両親に伝える。
数日後、獅堂が来た。
「獅堂が来るときは、大抵良くない話なんだよな。」
「それは、確証バイアスってやつだよ。」
獅堂は笑った。
「翔優にフランスに行くことを勧めたんだよな?」
「1週間程度だろ。修学旅行みたいなもんだよ。」
「君が行くなら、行くと言っているよ。」
「僕は関係ない。両親と、三人で行くべきだ。」
「ご両親は海外には興味がないみたいで、むしろ仕事に穴を空けたくないらしい。」
「珍しい人種だね。1週間程度の仕事なら、なんとでもなるだろう。」
「旅よりも、仕事を愛する人たちだっているさ。だから、フランスに住んでいたことのある俺に通訳を、子守に君を、という話になった。」
「獅堂がいれば十分だろ。二人で行けよ。」
「俺だけじゃ、翔優が緊張する。」
「翔優には緊張の糸そのものがないから、心配するな。」
「そう言わずに。彼にとって、君は信頼できる人なんだ。」
何を根拠に。
いっそ、坂上をあてがいたい。
「お相手はね、藤波家にとって非常に重要な人物だ。せっかくの申し出で、翔優のためにもなる。翔優のちょっとしたわがままだ。可愛いと思わないか?」
わがまま。
翔優は今までの人生で、わがままを言ったことがあるんだろうか。
翔優の両親は、素朴な善人だ。
翔優を大切にしている。
学校が無くなり、翔優に強制するものは何もない。
翔優自身も自分の我を張るような人間ではない。
翔優が、誰かを困らせる相手なんて、逆に僕くらいしかいないのかもしれない。
「……わかった。フランス自体は、行ってみたいから。翔優はついでだ。」
「要芽は、どうしても理由がほしいんだね。」
「悪いのかよ。」
「自分を理屈で縛ると、一番大切な自分の気持ちに気づかないかもしれないじゃないか。」
その気持ちに気づくために、こうして考えているんだけどな。
そう思ったが、言わなかった。
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