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第50話 コミュ力

ベルナール・アルソンという実業家の依頼で、ベルナール家のパーティーでの演奏が決まった。 1週間のフランス旅行になる。 そのうち2日間は日本との行き帰りの移動。 5日のうち、3日間は翔優の演奏がある。 1日目はパーティー会場で。 2日目はアルソン婦人のチャリティコンサートで。 3日目は子どもたちに箏を教えることになった。 残りの2日間は自由行動だ。 「翔優、箏を教えることになっているが、フランス語以前に話せるのか?人間と。」 「箏のことなら、多少……。」 「試しに、坂上に教えてみなよ。」 翔優は、坂上を箏の前に座らせた。 「座り方は、こうです。」 坂上の体を触って正す。 「爪は、こうつけます。」 やって見せ、坂上が自分でつけたのを触って正す。 「指の角度は、こう。」 見せて、触って、正す。 「手は、この辺に置いて、こんな感じで爪を当てます。」 「………………。」 「………………。」 僕も坂上も無言になった。 子ども相手に、この雰囲気は大丈夫なんだろうか。 「箏の教え方の何が正しいかはわからないが、いかにも日本人らしい空気になるね。ここは、通訳の獅堂の腕前に任せよう。」 僕は簡単に諦めた。 「こんな簡単な爪であんなに弾くんだね。」 坂上が爪をまじまじと見ている。 箏の爪は練習用はプラスチックで、指を通す輪っかの部分は革でできている。 フランスでの演奏が決まると、箏の先生が象牙の爪をプレゼントしてくれた。 今はその爪に慣れるために練習している。 「……どうやったら、子どもとうまく話せますか?」 翔優が珍しく聞いてきた。 「僕に聞くなよ。僕が子どもとうまく話せると思ってるのかい?」 「要芽の言う通りだ。要芽は翔優君のコミュ力を舐めてるけど、要芽の方がコミュ障だから。言葉も辛辣だけど、あの蔑むような目がね。目は口ほどに物を言うと言うけど、要芽は、目も口も破壊的に物を言うからね。」 「坂上……翔優を介して、僕へ不満を訴えかけるなよ。」 「要芽は自分が思っている以上に、他人と長く一緒にいられない人種なんだよ。お前のヤマアラシみたいなトゲを許してくれる獅堂さんや翔優に感謝しないと。」 「獅堂はともかく、なんで翔優まで。面倒をみているのは僕の方だ。」 「人間が二人以上いて、どちらか一方だけの関係なんて、ありえないだろ。お前が面倒をみていると思っているときに、お前は翔優から何かはもらってるんだ。」 僕が不完全な人間であることは認めるが、だからといってわざわざ翔優から何かをもらっているとは思えなかった。 翔優は黙って話を聞いていた。

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