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第71話 三人の夜

その日、橘は研究室へ、那央は学園の事前説明で昼間は留守になった。 翔優はお店の開店日で、ランチとカフェを開き、ディナーは予約が無かったので18:00で閉店した。 閉店後、翔優は近くのパン屋へ出かけた。 予約していたフランスパンをとりに行くのだ。 「翔優くん、お疲れ様。はい、これ。あと、悪いけど売れ残りも押し付けるよ」 パン屋の店主、樋野が笑顔でパンを差し出した。 パン屋の名前は”ひのぱん”だ。 「ありがとうございます。すみません、閉店間際に」 「裏にはまだいるから、いいよ。」 樋野は藤波の同い年の30歳で、父母とパン屋をやっている。 「良かったら、ビーフシチュー食べてください」 翔優は今日の夕食をお裾分けした。 パンに合うメニューの時はいつもそうしていた。 「わあ!ありがとう!嬉しいよ!翔優くんの料理は絶品だからね! 」 樋野は屈託なく笑った。 「今度、良かったらうちに食べに来てください」 そう言って、今月の”シェフにお任せランチ”のメニューと、ディナープランのチラシを渡した。 「ありがとう。へえ、すごく豪華なのにお手頃だね」 「樋野さんに、いつもおまけしてもらってますから」 「微々たるもんだよ。今度、ホントに行くからね」 「彼女とですか? 」 すかさず言われて、樋野はふくれた。 「それならもっと早く行ってるっつーの。翔優君の周りにいい人いない?紹介してよ」 「いないですね」 「彼女も? 」 「いないです」 「……翔優君に彼女がいないなら、俺にいなくて当然かぁ……」 樋野はあごをさすりながら言った。 「翔優君がカッコイイのはわかるけどさ、やっぱり年取ると彼女できづらくなるから、今のうちだよ。そして、彼女ができたら、その友達を俺に紹介してね。なるはやで」 樋野はいたずらっ子のように声をひそめて言った。 ♢♢♢ 別荘に帰ると、ニ人も帰宅していた。 三人で夕食の支度をする。 やたら橘が翔優と那央の間に入る。 「……橘さん、ちょっと邪魔なのですが……」 「それは、自業自得です。翔優さんが那央に触るから」 「あの……良かったら、俺、洗濯に回りますか……? 」 そんな微妙に噛み合わない会話がなされた。 ようやく食卓につく。 「このパン、すごく美味しいですね!」 那央が目を丸くして言った。 「近くの、ひのぱんさんのです。すごく丁寧に作ってるので」 「那央、俺のパンも食べる? 」 「食べたいけど……パンばかり増えたら、シチューが入らなくなっちゃう……。それに、最近太ってきちゃって……」 那央はしゅん、として言った。 「少しくらい大丈夫だよ。今の那央くらいが触り心地がいいから」 橘が那央のほっぺを、ふにっとつまむ。 翔優は二人のイチャイチャをじっと見ていた。 「あ……すみません、翔優さん……変なとこ見せて……」 もし、彼女に振られたばかりのアンプデモアのオーナーにこんなところを見られたら、今頃店を追い出されているだろう。 「いえ……うらやましいなと……。私も、要芽さんとそんな風に接してみたいです」 突然の告白に二人は固まった。 薄々そうは思っていたが、やっぱりそういう関係だったとは。 あの藤波とこの翔優で、どんな付き合い方をしてるのか、怖いもの見たさがあった。 「翔優さん……詳しく聞かせてください……。俺たちに手伝えることがあるかもしれませんし。まず、ちょっと飲みましょう! 」 橘は、すかさず赤ワインを持ってきた。 「では、翔優さんと要芽さんの愛に、改めて乾杯! 」 橘は、翔優と藤波の関係をより強いものにしたかった。 このままでは、那央への天然のセクハラがエスカレートする。 今日はとことん付き合おうと決心した。

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