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第75話 宿泊
樋野は酔い潰れた。
久々の若者との触れ合いが楽しかったのだ。
毎日、家と店の往復。
父母と四六時中一緒。
友達は結婚していて気軽に会えない。
地域のお祭りや消防団の集まりくらいしかイベントがない。
結婚しなければ、一生これか……。
時々虚しくなる。
都会的な若者が羨ましかった。
橘君は宇宙の仕事、那央君はああ見えて教員。
翔優君は腕と美貌があり、パトロンがいる。
前途洋々だ。
ちょっとだけでも分けてほしい……その希望を。
そう思っているうちにソファで眠ってしまった。
「樋野さん、泊まって行きます? 」
翔優に起こされて聞かれた。
「あ……ああ……いいの? 」
「大丈夫ですよ。明日は、何時に送りますか? 」
「明日、店は休みだから、俺は何時でも……。そちらに合わせるよ……。ごめんね、甘えてばかりで……」
「いえ、とても楽しかったです」
そう言うと、翔優は樋野を抱き起こした。
「うわっ!」
いきなり抱きつかれて、樋野は驚いた。
「客室はニ階なので」
「あ、ああ……」
翔優に肩を貸してもらいながらニ階に上がる。
翔優の力強さにドキドキする。
男だから当たり前なのに。
二人用の客室に通され、ベッドに座らされた。
「今、寝巻きやタオルを持ってきますので」
「う、うん……」
これが使用人……
これが尽くす翔優君かぁ……
夢見心地になる。
今まで忙しい両親に迷惑かけまいと、子どもの頃から何でも一人でやってきた。
今日みたいに、もてなされたり、世話をされる場面なんてない。
ホント、いくら払ったらこれだけやってもらえるんだろう……って世界だ。
そう考えているうちに、トイレに行きたくなって来た。
部屋を出て、ふらっと歩くと、少しドアが開いている部屋の前を通った。
中から那央の声が聞こえる。
「ちょ……!ちょっと!先輩っ……!」
隙間から覗くと、橘と那央がキスをしていた。
マ、マジか!
デキてるとは思っていたけど、実際目の当たりにするとっ……!
ついつい見入ってしまった。
二人はベッドの上で、橘が那央をぎっちりホールドしてキスをしている。
もう……那央君の唇無くなっちゃうんじゃないの?
ってくらい、めちゃくちゃキスしてる。
うん、俺、反省した。
周りがむさいオヤジばかりだったから、男はナシだと思っていたけど、キレイな男の子同士はアリだね。
世の中舐めてた。
樋野は、トイレに行くことも忘れて、ヨロヨロと部屋に戻った。
翔優がタオルなどを持って部屋に入ってきた。
「ここに置きますので」
「あ、うん、ありがと」
「……どうかしましたか?」
ベッドに座り、虚空を一点に見つめる樋野に、翔優が聞いた。
「うん……。キスっていいよね」
「キスですか? 」
「うん、思い出した。結局、俺、あの彼女とは体の相性が良かったんだよ。だからなあなあでも付き合えたんだね……」
二人のキスを見て、彼女とキスをしていた頃を思い出す。
「キス……したいな、もう! 」
彼女への苛立ちと、欲求不満が入り混じって叫んだ。
彼女が好きだったかは、もうわからない。
そういう意味では彼女は他の男と幸せになって良かっただろう。
もう、自分のような奴には恋なんて無理かもしれない。
そう思うと泣けてきた。
「樋野さん」
翔優が樋野の正面にいた。
片膝をベッドに乗せ、顔を近づけてくる。
「え?え? 」
翔優は樋野にキスをした。
少しひんやりとして、柔らかい。
ライムの香りがする。
さっき、橘が作ったジントニックだ。
頭を支えられ、ゆっくり唇で愛撫される。
唇を吸われ、キスの音がして、美味しくて、気持ちいい。
もう何がなんだかわからない。
樋野も、翔優の唇をはんだ。
翔優がさらに頭を強く押さえて、密着する。
翔優の舌が樋野の唇を舐めた。
「んふぅ……っ! 」
樋野は快感と息苦しさで、唇を離した。
翔優の表情を見ると、いつもと変わらない涼しげな顔をしている。
「な、なんでキスしたの……? 」
「樋野さんが、キスしたいって言ったので」
……言ったら……何でもしてくれるの??
「お、男でも……大丈夫なんだね……」
「はい」
ど、どうしたらいいんだろう……
別に、翔優君は俺が好きだとか、俺に欲情してるようには見えない……
「……も……もっかい、キスしてほしいって、言ったら、いいの……? 」
「はい」
そう返事をして、翔優はまたキスをした。
「ん……ふぅ……っ…… 」
さっきよりも、お互いなめらかに舌と唇が動く。
気持ち良さで頭が回らなくなる。
翔優の重さで、ベッドに押し倒される。
俺……もしかして、処女を喪失してしまうんじゃなかろうか……
でも、翔優君なら……いいかな……
そんなことを考えていた。
キスが終わり、翔優が樋野の顔をじっと見ている。
「そ、その……続きも……するの? 」
樋野はもじもじしながら聞いた。
「いえ、それはやっぱり、私には心に決めた人がいるので」
え?じゃあ何でキスしたの?
キスまでは誰とでもいいの?
めちゃくちゃ弄ばれてる俺の純情……
「わ、わかったよ……じゃあさ、添い寝は? 」
なんとなくここで一人で寝たら虚しくなりそうだったので、ダメ元で頼んでみた。
「わかりました。今、着替えてきますね」
いいんだ!
なんか、わかんないな翔優君……
翔優はさっさと部屋を出て行った。
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