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第76話 添い寝
歯を磨いて着替えをした後、翔優とベッドに入る。
「おやすみなさい」
「お、おう、おやすみ……」
電気が消され、静寂が訪れる。
添い寝って……頼んでおいてなんだけど、触っていいんだよね?
布団にさえ入れば、終わりじゃないよね?
触ったり、抱きついてOKっていう同意込みだよね?
キスしたんだから、なおさら添い寝はいいだろう……たぶん。
樋野は恐る恐る翔優にくっついた。
足を絡める。
すると、翔優がこっちを向いて抱きしめてきた。
……サービスすごいぃ……
樋野は翔優の背中に手を回した。
翔優が頭をなでてくれる。
……癒される……
いや、年下男子に癒されるて……
うん、これからもキスしてもらえるように、俺がんばろっ。
そう思って、樋野は眠りについた。
♢♢♢
翌朝、翔優が樋野を起こした。
「樋野さん、おはようございます」
「うん……ん……。ん……? 」
翔優はベッドの中で目を覚まし、そのまま樋野に声をかけていた。
「……おはよう……。昨日は……楽しかったよ……」
本当に……楽しかった……
ここはまさに竜宮城だ。
「朝食食べますか? 」
「あ……いや……ちょっと昨日飲み過ぎたみたいで胸焼けが……。朝食は遠慮するよ……」
「わかりました。二人からも朝食抜きでと聞いていたので。そうなると私も朝はゆっくりできます」
そう言って、翔優は樋野の頭をなでた。
やべぇ……堕ちそうだ……
翔優くんにめちゃくちゃ甘えたい。
男とか、年上とか、プライド捨てたらいいのかな……
樋野は翔優にすりすりした。
翔優が抱きしめてくれる。
でも、昨日「心に決めた人がいる」って言ってたな……
このちょっと変わった翔優君の心を奪った人って誰だろう……
樋野はそっと翔優の胸元に顔を寄せた。
「あれ?もうお帰りですか」
ドアの向こうから那央の声が聞こえた。
翔優はハッとして起き上がった。
言葉のニュアンスからすると、藤波さんじゃなかろうか。
「……すみません、ちょっと行ってきますね」
翔優はベッドから起き上がった。
「ああ、うん。俺のことはおかまいなく……」
なんだろう、翔優君の顔は少し悲しそうだった。
♢♢♢
着替えて顔を洗い、一階に降りる。
着物の男性がコーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。
「おはようございます。昨日、皆さんにお世話になった、樋野です。近くのひのぱんをやっています」
「ああ、おはようございます。さっき皆から聞きました。藤波です。昨日は楽しかったようですね」
藤波は細身でさっぱりとした顔立ちだ。
ゆるいパーマに少し伸びた髪を結んでいて、妖しい色気がある。
作家先生とは聞いていたが、なんだか見た目もそう見える。
「ええ、本当に。最近の若者はなんでも上手ですね。まいりました」
「また、ぜひ遊びに来てくださいよ。私もお話ししてみたいので」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
そこに翔優が来た。
「フルーツだけでもいかがですか? 」
「あ、じゃあいただきます」
樋野が座ると、目の前にフルーツが置かれる。
「要芽さんは召し上がりますか? 」
「いや、いいかな。まもなく出るよ。すぐ帰ってきて悪かったね。いつもの手帳を忘れていってしまって。なんとかなるかと思ったがならなかった。鬼の居ぬ間に洗濯……ということで楽しみたまえ」
藤波はニヤリと笑っている。
「……はい……」
翔優はやっぱりどこか悲しそうだ。
昨日の若者パワーはどこに行ったのだろう。
♢♢♢
サッとフルーツを食べ、帰ろうとすると藤波も出るところだった。
「翔優に送らせますよ」
「す、すみません、何もかもお世話になって」
「もし良かったら、近々またいらっしゃいませんか?いつなら空いてます? 」
「あ、そうですね。店は両親もやってるので、私だけ休もうと思えばいつでも。翔優君の都合の良い日で大丈夫です」
「じゃあ、また翔優から連絡させますね」
翔優君が車を出して玄関につけた。
翔優は車から降りて、ドアを開け、ゲストの樋野と藤波を後部座席に乗せた。
使用人としての翔優を見て、なんとなく樋野はざわざわした。
心に決めた人って……やっぱり藤波さんじゃないだろうか。
使用人と主人の恋だなんて……
ホント、このお屋敷は色々あるな!
「翔優は他でも少し働いていますが、なかなか人との交流が乏しくて。良かったら可愛がってあげてください」
「あ、はい。こちらこそ」
昨日、可愛がられたのは俺ですけど……
あっという間に家に着いた。
藤波はそのまま駅に向かうという。
本当に夢のような一夜だった。
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