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第77話 別荘でのパーティー
それからしばらくして、また翔優からお誘いがきた。
「日にちは大丈夫だよ。この間はお世話になりっぱなしだったから、俺も何か作るよ。こう見えて、一度ホテルのシェフとして勤めたことがあるんだよ」
「え!そうなんですか!」
いつになく、翔優の目が輝いた。
「ぜひ……一緒に料理がしたいです」
「俺も、ひと様に腕を振るうのは久々だ。何が食べたい? 」
細かな打ち合わせも必要かと思い、メッセージをやりとりできるようにした。
パン屋から同じ料理人の土俵に上がった。
そのせいか、翔優がちょっと幼く見える。
それも少し可愛かった。
♢♢♢
メニューは、パエリアとピザ、牛肉煮込み、サラダ、スープになった。
その日は、仕事を早く切り替えて藤波邸に向かった。
玄関ではまた那央が迎えてくれる。
「今日もよろしくおねがいします!樋野さんの料理人姿、楽しみです!」
そう言ってくれて、嬉しかった。
料理人としての自分は、パン屋がつぶれた時の保険でしかなかった。
いざ料理人になったら、シェフの仕事は楽しかった。
そのまま料理人としてやっていきたい気持ちもあったが、やはり体力的にキツイものがあり、だからといって、自分の店を出す勇気もなかった。
そうして、料理人としての自分は奥底に追いやられていった。
リビングに行くと、すでに翔優が担当の料理はできていた。
橘は翔優を手伝っている。
藤波の姿はなかった。
「樋野さん、今日はよろしくおねがいします」
翔優が言う。
「今日も美味しいお酒をいれてるんで、二次会も楽しみましょうね」
橘が笑顔で言った。
うん、やっぱりこの三人がそろうと、色気で頭おかしくなるわ、俺。
のぼせそうな自分を切り替えるために、樋野は自分の頬をたたいた。
「よし!じゃあ皆さんの前でパエリアを作りますよ! 」
樋野はすでに切ってきた食材を出し、ホットプレートを準備した。
「間近でプロの料理が見れるなんて、運がいいね」
いつの間にか藤波が来ていた。
「プロだなんて、お恥ずかしい。でもパエリアは、自分も好きで自信があるんです。きっと喜んでもらえるかと」
「とても楽しみですよ」
藤波は身を乗り出して作り方を見ている。
こんな作業に関心を持つとは意外だった。
翔優と橘も作り方やコツが知りたいようだ。
解説をしながら作っていく。
翔優の目は料理人だ。
食材の具合も細かく見ている。
一方、橘はきっと那央のために作り方を知りたいのだろう。
二人で仲良くパエリアを作って……
橘のことだから、味見で那央にあーん、して……
まあ、そこからはパエリアじゃなくても結局良かった、みたいな展開になるのだろう。
いかん、料理に集中せねば……
「すごく美味しそう……彩もキレイだし……」
那央がうっとりと見ている。
「味見してみる? 」
小皿にちょっととって渡す。
あーんしたら、橘に刺されそうだから……
「わあ!美味しい!魚介のだしと、トマトの酸味がバッチリです!」
「よし、じゃあ完成だ! 」
周りから拍手があがった。
久しぶりの料理人としての料理、そして食べてくれる人。
ここ数年で一番充実した気持ちになった。
♢♢♢
「みなさん、毎日お疲れ様。たまにはこうして楽しい時間を過ごすのもいいと思ってね。特に樋野さんにいらしていただいたのは若いみなさんにもいい刺激になると思う。お酒もあるし、楽しく飲みましょう。乾杯!」
藤波の乾杯の音頭でパーティーは始まった。
「こんなに美味しい料理に囲まれて……幸せ……」
那央は料理をほおばりながら目を潤ませている。
それを眺めている橘も幸せそうだ。
いいなぁ、俺もあんな彼女……もはや彼氏でもいいからほしいよ……
「私が作ると、水分の加減に失敗してしまうんです。ごまかして、リゾットにしていまいますが」
「へぇ、翔優君でも失敗はあるんだね」
「ついつい普段作りやすり料理に逃げてしまって、練習不足になってしまうんです」
「それはしょうがないよ。元々の仕事からしたら、家庭料理が主じゃないか」
家政婦として料理をするのもいい仕事だと思うけど。
特に主人のことが好きなら……
いや、逆に苦しいのかな?
立場があると、結ばれないだろうし……
「樋野さん、良かったら、翔優に料理を教えてくれませんか? 」
藤波が言う。
「ええ!俺なんかが今更、翔優君に教えることなんてないですよ! 」
「私が言うのもなんですが、彼は神経質な分、覚えが早いんです。たぶん、このパエリアも、一度樋野さんのやっているところを見たので次からは作れると思います。そういう奴なので、ぜひ、可愛がってほしいなと」
藤波の言い方に、藤波の複雑な気持ちを感じた。
まるで、我が子のようだ。
本当は自慢したい。
でも自分の子をひと様の前で堂々とほめるわけにはいかない。
謙遜と自慢が入り混じって、でもなぜか距離も感じる。
ただの雇い主なら、逆に自慢したっていい気もするが。
「翔優君がよければ、私はいつでも……」
翔優をチラッと見る。
「ぜひお願いします」
料理人の目だ。
先輩と呼ばれる立場になる前に退職した俺からしたら、出来すぎた後輩を持つことになる。
「なんなら、樋野さん、週一くらい、ここで店をやりませんか? 」
「え?」
「翔優も気まぐれに週二回やっていますが、完全予約制なので気楽にやれているようなのです。彼と相談しながら在庫管理をやらせれば、樋野さんの負担は少ないでしょう」
「……いいんですか?そんな楽しい話……久しぶりです……」
「翔優があまり店を開けないので、お客さんは不満なようなんです。もう一日増えたらいいと思うんですが、翔優だけでは大変そうなので。元からお客さんはいるので、その辺りのご心配はなく」
「願ったり叶ったりです……!ちょっと……本気で考えさせていただきます! 」
「ええ、良かったら。私も、翔優はまだ若いので何か経験をさせたいんですが、私も世間に対して無知なものですから。樋野さんのような、自立した方に教えていただけるなら幸いです」
藤波はほほえんだ。
なんていい雇い主なんだ。
本当に常々翔優の将来を考えているのだろう。
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