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第80話 メモリア

翔優にメモリアを手伝う許可を得た。 橘が話を進めてくれたが、翔優は半分上の空だ。 樋野は、家に帰り、両親にことの成り行きを説明して、自分は店を空けると話した。 「お前がまた本格的に料理をするチャンスがあるなんて、ありがたいことだねぇ……。いい機会だから、がんばんなさい。」 母はそう言い、父はふんっ!と鼻で笑ったが、嬉しそうだった。 シャワーを浴び、髭をそり気合いを入れる。 服と、なじみの道具を用意する。 食材は準備されているだろうが、初めてのキッチンだ。 油断せず、昼から準備に向かうことにした。 ♢♢♢ 屋敷に戻り、シェフの服に着替える。 昼間は橘と那央は用事があっていない。 夜は手伝ってくれることになっていた。 一階の店としての飾りなどは、すでに彼らがやっておいてくれた。 翔優から、今日のメニューのレシピを見せてもらう。 オーソドックスなカジュアルフランス料理だ。 ちょっとホッとした。 気になるところを聞いていくが、翔優の答えは的を射ない。 普段の翔優ならこんな答え方ではないだろう。 心ここにあらず、とはまさしくコレだ。 「……翔優君、俺は、一人の料理人として君を尊敬している。どの料理も細部までこだわっていて、勉強も練習も、ちゃんとしてるって、わかるよ」 翔優は浮かない顔で聞いている。 「それはさ、多分、藤波さんに美味しいものを食べてほしいからじゃないかな? 」 翔優はうなずいた。 「それでいいと思うんだ、料理は食べてもらう人がいなきゃ、こんなにがんばる必要ないもの。だから、翔優君がお店でもそういう気持ちでお客さんを喜ばせてるんじゃないか、って思うんだ」 翔優は黙って聞いている。 「藤波さんと、何かあったんでしょ?」 「……はい……」 「翔優君にとって大切な人と何かあって、気になるのはわかるよ。でも……もしそれで、料理が失敗したら、どうするの?今日の二人組のお客さんが、食事の後プロポーズするかもしれないじゃん?四人組のお客さんは、長年働いたお父さんの退職祝いかもしれないじゃん?そんな大切な日に、自分のお店を選んでくれたかもしれないんだよ。なのに、君が、それでいいの?」 翔優は床を見つめたまま固まっている。 「俺は……翔優君は、ちゃんとやれる人だと思う。今日だけ、ちょっと心配だから来てるだけだ。ここは、”翔優君のお店”なんだよ。」 「……私の……お店……」 「”メモリア”……いい名前だと思っていた。俺も、そういう思いで仕事してきたから、気が合うなって」 「……お店の名前は、自分でつけました。要芽さんに相談したら、名前くらい自分で考えろ、って。もし、要芽さんに捨てられても、要芽さんとの思い出を大切にして生きてこうと思っていたんです……」 「く、暗っ!お店の名前、そんな暗い理由でつける?!」 想像以上に翔優の愛は重かった。 「じゃあさ!藤波さんが、翔優を好きになるように頑張ったらいいじゃん!翔優君はさ!何でもできるけど、自分がないよ!藤波さんはさ、案外男らしい人が好きかもしんないじゃん! 」 「男らしい……ですか? 」 「そう!藤波さんからさ、”がんばったね”って、言われるようなことしようよ! 」 翔優の顔が少し和らいだ。 「ほら!こうやって頭をなでて”翔優、がんばったね”って頭なでて、あのイケボで言ってくれるかもしれないじゃん!」 樋野は翔優の頭をわしゃわしゃと撫でた。 「……はい……そうだといいですね……」 翔優はほほえんだ。 「樋野さん……ありがとうございます……」 翔優に少し元気が出たようで安心した。 「長く働いてるとさ、ダメな日ももちろんあるよ。だから、誰にだって助け合える人は必要だ。ただ、そんな時って、案外お客さんが一番励ましてくれたりするんだ。仕事は……楽しいよ。せっかくの自分のお店、大切にな」 「はい……」 翔優は笑顔で返事をした。

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