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第83話 旅行計画

翌日、那央と橘の外出を見送ったあと、翔優と樋野は朝食の後片付けをした。 「翔優君……あのさ、良かったら、一緒に旅行しない? 」 「え……」 翔優は洗い物の手を止めて、樋野を見た。 「色々考えたんだよ、経営セミナー行こうかなとか、新メニュー考えようかなとか、ブログ書いたらいいかなとか。でも、どれも翔優君が生き生きする様子が思い浮かばなかったんだ」 「はい……」 「だから、もう、旅だな!って……藤波さんですら、旅に影響されるんだから、それがいいと思って」 樋野は、翔優を見た。 あとは、俺と行きたいか……だよね。 「わかりました。どちらに行く予定ですか? 」 「それは、翔優君が決めていいよ」 「……いいんですか……」 「うん。コンセプトも、経路も、ホテルも。翔優君に任せるから」 「……わかりました」 翔優は流しの消えていく泡を見つめている。 「俺は……ネズミーランドみたいな、テーマパークでもいいからねっ!」 樋野がそう言うと、翔優は、ふふっと笑った。 ♢♢♢ その後、樋野は自宅に帰り、自分の店の仕事をした。 翔優に旅を提案したのは、他のアイデアが乏かったからというのに嘘はない。 ただ、うっすら、1%だけ、下心があった。 橘の「付き合ったらどうですか」という言葉と、夜の営みが毎日、というパワーワードが忘れられない。 いや、前提は、藤波、翔優カップルの成立だよ! でも、まあ、妄想でね、考えてしまうわけだよ、旅でもし翔優君とそういうことになったら…… なんていうか…… 20代…… 肌がピチピチだった…… なんであんなに体がしまってて、いい匂いがするんだろう…… うっかり、パン生地の丸みを見つめてしまった。 ♢♢♢ 翌日の朝、翔優がひのぱんに来た。 「旅行プランができたので、お伝えに来たのですが……」 「ああ、ありがとう。良かったら、中入って」 イートインスペースの端に行き、話を聞く。 「良ければ、一泊ニ日で、妖怪の里、童話村、海に行きたいんです」 「ん?妖怪の里……って何? 」 「妖怪と人間が共存する里です。厳密には、市ですが」 翔優君のミステリアスさは底がしれない。 「妖怪の里は、要芽さんの本の元になった場所なんです。童話村は、要芽さんが好きな童話作家の世界を表現したところで、海は橘さんの故郷なんですが、そこも要芽さんの本の舞台になっているので……」 要芽をめぐる冒険……かな? すげぇ好きなんだな。 執念じゃん。 「ちなみに、藤波さんと一緒に旅行はないの? 」 「中学の時、フランスに行きました。それ以降はありません」 ギャップがすごい。 もう少し、身近なとこでデートしろよ。 「わかった、これで行こう!」 「ありがとうございます。あとこれ……」 翔優は分厚い本を二冊出してきた。 「せっかくなので、要芽さんの本を読んでもらいたくて……」 血の気が引いた。 本なんて、高校の教科書を読んで終わってる。 もう、本じゃねぇな。 「わ、わかった……。努力するね……」 翔優がちょっと笑った。 笑った翔優は可愛かった。 藤波さんのこととなると、そうなるんだな…… いや、もう、藤波よ、翔優の何が不満なんだ。 俺の人生を交換してほしいくらいだ。

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