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第84話 藤波の本
旅行は今週末になった。
仕事が終わり、樋野はビールを飲みながら本をめくった。
一冊目は、『鬼桜』だ。
ネットで検索すると、藤波の大ファンがブログで解説していた。
ありがたい。
『鬼桜』は、鬼と楽師の恋物語。
平安時代、人里を追われた鬼は、それでも人が恋しくて、夜な夜な貴族の女の家に忍び込む。
ある日、少年の楽師に恋をして、二人は逢瀬を重ねるが、主人に見つかり、陰陽師たちに追われて、鬼は桜の木に封印される。
その後も、楽師の少年は主人の目を盗んで、その桜の木の元で演奏する。
ある日、少年が桜の木に飲み込まれて一体になっているのが見つかる。
と、いうものだ。
見どころは、平安時代の闇夜の中、ほのかな光の中で行われるラブシーン。
あとは、愛していた少年楽師を寝盗られた主人が、鬼以上に鬼になり、執拗に鬼を痛めつけるとこらしい。
ラストも日本人が好きな心中ものに寄せていて、好きな人からすると絶妙な読後感になる……とのことだ。
1ページ目をめくると……文字が多い。
無料漫画くらいしか読めない自分には、いきなり受験勉強しろ、と言われているくらい辛い。
せめてラブシーンを見よう……とめくっていき、読んでいく。
……
…………
………………
濡れ場なのに言葉が難しすぎて、想像できない……。
誰か……映像化して……
とりあえず、このブログ主だけが頼りだ。
二冊目の内容を確認する。
『コズミック・ディザスター』
あの藤波がカタカナのタイトルなんて、意外だった。
内容は、宇宙から来る災厄との闘いだ。
災厄と偶然出会った主人公は、災厄と同じ力を手に入れる。
その力を使って暴力と貧困の生活から抜け出すが、災厄の能力により権力者から追われる身となる。
そこで出会った少年に恋をした主人公だったが、災厄が街に降り立ち、少年は死んでしまう。
主人公は何度もループして、少年と出会う前に戻り、少年を助けようとする。
ループの謎と、少年の死を回避するまでの主人公の壮大な恋物語だ。
こちらは読みやすい言葉づかいで書かれている。
こっちはいっちょ読んでみるか……と、ページをめくり始めた。
♢♢♢
朝日が差し込んできた。
スズメの鳴き声も聞こえる。
俺は……小説を読んで泣いた。
なんっつーか、主人公の努力と、張り裂けそうな気持ちと、成長に拍手だった。
恋をした少年への、いじらしいほどの愛に涙涙だ。
藤波がこういうのを書く人間なら……
やっぱり、翔優には人間として、本質的な成長を期待しているのだろう……
しかしながら、なんで藤波の話はみんな男同士なんだろう。
男女でも成り立ちそうなものだが。
例の、藤波の大ファンのブログを見てみた。
「藤波先生は、男の弱さによるブロマンスが得意。そもそも女はそんな女々しい行動はしない、というお考え」
という解説がしたためてあった。
納得した。
俺の元カノがそうだ。
アイツが楽師なら、封印後に演奏なんかいかない。
そもそも、鬼と恋に落ちた時点で駆け落ちする行動力がある。
アイツが災厄の力を得たら、権力から追われる立ち振る舞いはしないだろう。
その力で味方をガンガン増やすようにするはずだ。
うん、男同士だから耽美なんだな!
勉強になった!
パン屋の仕事の時間が迫っていた。
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