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第85話 妖怪の里と童話村
旅先へは翔優の運転で車で向かった。
街を出て高速道路にのり、どんどん都会から離れていく。
いくつもの山を抜けて、ようやく街に着いた。
青々とした山に囲まれた『妖怪の里』。
市が公式に自分たちの街を妖怪の里と呼んで、アピールしているのだ。
「民俗学者が、この地の妖怪や伝承を本にまとめたんです。ここから着想を得た怪奇小説も多いんですよ。まずは、鬼の伝承館に行きましょう」
翔優が、料理の話の時より饒舌なのが意外だった。
本が好きだからか、それとも藤波が好きでそうなのか。
♢♢♢
車で街の中心まで行くと、鬼の伝承館があった。
中に入ると床から天井までの巨大な鬼の顔と、様々な小さな鬼のお面が壁一面にあった。
横には刀を手にした、侍のような忍者のようにも見える格好をした人間と等身大の人形があった。
「これは、鬼剣舞の衣装です。結構各地にあるんですよ。鬼の面と、かつらを被り、剣を持って踊るんです。カッコイイですよね」
翔優が解説をした。
人形の横に、踊っている人たちの動画が流れている。
勇ましくも優雅だ。
まるで本当の鬼が舞っているようだ。
確かに鬼剣舞も素晴らしかったが、翔優の表情も語り口調もまるで普段と違うのが気になる。
「翔優君は、こういう不思議な世界が好きなの? 」
「元から好きだったわけじゃなくて、要芽さんの小説の世界が好きなんです……。そこから民俗学が好きになったところはありますが。『鬼桜』は、鬼自身はとても優しくて愛に溢れていて、孤児だった少年の心に寄り添ってくれるんです。親子のような恋人のような、そんな二人があの世なら一緒になれる……。一見悲しい話に見えるけど、私はあの話はハッピーエンドだと思います。この妖怪の里には、そんな人間と人間ならざるものとの言い伝えがたくさんあって、ここに来ると、私はなんか落ち着くんです」
「『鬼桜』の二人ってさ、それ、もう藤波さんと翔優くんの話、まんまじゃん」
「……そうですかね……」
「まあ、俺は現代の人間だからね!心中よりは生きて幸せになってほしい派だよ!」
なんだよ。
結局、藤波氏は本を通して翔優に告白してるじゃないか。
面倒臭い奴らだな。
そう思っていると、ふと、女の能面が展示されているのが目に入った。
目を瞑った、美しい顔の面だ。
なんで、鬼の展示部屋に女の面が?と、見つめていると、面が、いきなりパカッと鬼の顔に変わった。
「うわぁあっ!!」
俺の叫び声が響いて、周りの人が注目した。
「樋野さん?」
「い、今、このお面が、急に変わって……」
翔優はしげしげと面を見た。
「……ああ、たしかに、怖いですね……」
恥ずかしくて、翔優の腕を引いてその場を離れた。
振り向くと、子どもが面をジッと見ている。
「翔優君、見てなよ、あんな怖い仕掛け、子どもが見たら、泣き出すよ?」
……
…………
………………
ノーリアクションかい!
子どもだまし以下に俺は驚いたってこと?!
「樋野さんって、面白いですね」
翔優は笑った。
「ああ、藤波さんより俺が優っているところと言えば、この笑いを取れる力かな……」
まあ、もし藤波さんがあそこで驚いたら、翔優は笑うより萌えるんだろうな……
♢♢♢
次に童話村に移動した。
この童話村には複数の作家の作品をイメージした部屋があり、童話の世界を体感できるようになっている。
入り口は猫が口を開けているデザインになっていて、お客さんがまるで猫に食われていく……みたいだ。
「あの入り口は、“森の中のレストランに行ったらお客さんの方が料理の食材になる”っていう物語からデザインされたものなんです」
「ホラーじゃん! 」
童話って、もっとほのぼので明るいものだと思ってた。
「藤波さんが童話好きって意外だね」
「いつか書いてみたいとは思っているようです。”子どもには、子どもだましが効かないから難しいよ”って、言ってました」
「言いそう……」
「教訓めいた児童書は大嫌いで、混沌としたものや、現実の不幸を書いたものが好きみたいです。”混沌は子どもの特権、子どもには不幸を覆せる力がまだ残っている”からだって……」
「もしかして、『コズミック・ディザスター』が、その世界観?」
「はい、そうです。不幸な生い立ちの主人公が、友情で奮起する物語です。この童話村には、宇宙空間を列車で旅する部屋があるのですが、そういう場面が要芽さんの本にもあるんです。主人公が、初めて他人に心を開く場面です」
まさにその空間が目の前に現れた。
ドーム状の部屋は、宇宙空間のように四方八方が星空だ。
そこに、汽車の影が横切る。
「私は、両親に連れられてここに来たことがあります。要芽さんの世界がここにあって、想像していた世界と同じでした。だから、私は物語の中で要芽さんと繋がっていたんだな、って思いました」
翔さんはうっとりとした目で部屋を見渡した。
「……もしさ、藤波さんと友達だったら、どうなってたと思う? 」
「え……?」
「実際、歳は二こしか違わないじゃん。なんで、そんなに親子っぽいのかな、って。もっと対等な関係でもいいと思うんだけど……」
「……それは……きっと、私が、尽くしたいからです……」
翔優は頬を赤らめた。
なんだ、プレイの一種か。
「次の部屋もすごいんですよ。剣と魔法の世界です。要芽さんはいつも、魔法の名前を考えるのが恥ずかしいみたいなんです」
本来、もう二人で勝手にやってろ!ってくらいラブラブなんだよな……
藤波のことを嬉々として語りながら先を歩く翔優の後ろを、樋野はとぼとぼとついて行った。
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