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第88話 藤波英公

那央は春休み中の学園に来ていた。 学園の説明会が終わった後、採用された教師は、課題終了後であれば自由に見学に来て良いことになっていた。 学園は全寮制で、24時間世界中の資料にあたれるような設備になっている。 ここの教育の肝は、教員とのディスカッションだ。 と、言っても、意見を交わすのではなく、自らを顧みて、世界とどう関わっていくかを見出す内なる対話……というものを教員が促すらしい。 那央は図書館に来ていた。 二階建てで吹き抜け。 壁、床、階段が木でできている。 隠し扉や魔法の本がありそうな、まるでファンタジーの世界のようなミステリアスな場所だった。 この学園は、世界中から生徒が来るので、公用語が英語だった。 本も英語が多く、見た目はかっこいいが、がんばって勉強しなくてはいけない。 橘も、仕事で英語が必須なので、一緒に勉強できたのは良かった。 どうしても覚えられない単語があると、橘がふいにクイズとして出してくれる。 「答えられなかったらキスするから。覚えなくていいよ」と言われて、妙な危機感から単語の勉強は捗った。 図書館内に談話室がある。 何人かの生徒が、先生を囲んで楽しそうに話している。 自分はあんな風に先生と関わったことがなかった。 学生時代、簡単に言えば、スクールカーストの中の中くらいにいた。 上のクラスメイトは積極的に先生と関わって気に入られる。 自分は、名前くらいは知られていても、どんな子かは印象にない……その程度の生徒だっただろう。 先生だって、人間だ。 可愛げがあるなし、で違うだろう。 だった一年、二年の付き合いだ。 そんな教師像の時は、教育学部を選んだことを後悔していた。 だが、この学園の教育理念を知って、やってみたいと思ったのだ。 ただ、いざいざ学園に足を運び始めて様子をみていると、陰キャな自分がやっていけるのだろうかと不安になってきた。 「新任の先生ですか?」 声をかけられて振り向いた。 「は、はい。橋本那央です。新年度からお世話になります。よろしくお願いします」 那央は頭を下げた。 「私は藤波英公です。この学園に関わって三年になります。どうぞよろしく」 英公は握手を求めてきた。 那央は握手をしながら、英公の顔をまじまじと見た。 白髪混じりの癖毛を後ろに流し、面長な顔に優しげなしわが刻まれていた。 「藤波要芽さんの、ご親戚ですか……?」 英公は目を見開いた。 「要芽を知っているんですか?親戚どころか、私は……要芽の父です」

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