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第90話 獅堂の病室
要芽は獅堂の病室にいた。
獅堂はベッドに横たわっている。
あと何回話せるだろうか。
「家出して、坂上君の家に厄介になってるんだって? 」
獅堂は笑って言った。
「坂上は、すぐ獅堂にチクる。あんまり家にいたら、若者が息苦しいと思ってね」
「坂上君だって息苦しいだろ」
「ああ、僕がなんの家事もできなくて、酒ばかり飲むからだんだんイライラしてきているよ」
「お前は翔優がいないと本当にダメだな」
獅堂は苦笑いした。
「なんで僕がダメなのさ。あいつには、店を開いて出て行ってもらう。いいパートナーになりそうな人を見つけたんだ」
要芽は樋野の話をした。
「ああ、ちゃんとした人そうだね。要芽と違って、優しそうだ」
「一言余計だよ。まあ、彼と楽しくなれば、もう少し世界が広がるだろう」
「……翔優君がいなくなったら、お前はどうするんだ? 」
「は?」
「誰のために本を書くんだ?」
獅堂はじっと要芽を見た。
要芽は押し黙った。
「あの本は、翔優のためだろう?刺激が乏しい翔優に、冒険させてあげたかった。普段見聞きしてないものに興味を持ってほしかった。言葉では伝えきれない教訓を授けたかった。違うか? 」
「違うよ、獅堂。あれは、単なるポルノだ」
要芽はため息をつきながら言った。
「いい加減にしろ。俺は長くないんだ。俺を安心させてくれよ。俺は莉音より翔優より何よりお前が心配だ」
今度は獅堂がため息をついた。
「なんで僕が心配されなくちゃいけないんだ」
「お前は、自分の気持ちに鈍感だし、人に甘えるのが下手だからだ。翔優に一方的に考えを押し付けている。もっと、ちゃんと翔優と、話すんだ」
「話したって、いつも返事は同じだよ。そばにいたい、このままでいい、というばかりだ。いいわけがないだろう」
「なんでだ。彼は藤波家の立派な使用人だ。店も回せている。何がこれ以上必要なんだ」
「自立だよ。僕に依存しすぎだ、精神的に」
「翔優がお前を好きなのだから、仕方ないだろう。夫婦なんて、そんなもんだろ。好きな人と一緒にいたい気持ちは普通だよ。だから、お前が”好きじゃないからあっちに行け”というならわかる。だが、それをお前は翔優の自立と話をすり替える」
「…………………………」
「一番、考えたくないところなんだろ、自分が翔優を好きかどうか」
「……考える意味がない」
「……まあ、好きにしろ。ああ、間に合わないか、俺は天国から見守ることにするよ」
「そっちこそ、勝手に心配してろ」
獅堂は軽く笑って、深く息を吐いた。
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