90 / 94

第91話 翔優の欲求不満

藤波が旅に出てから約二週間が過ぎた。 なぜか、樋野は毎晩夕食を共にして、泊まっていった。 ある日、突然、那央と橘の部屋に樋野が駆け込んできた。 樋野は椅子に座り、橘はベッドのふちに腰掛けた。 那央はテーブルで本を読んでいたところを座り直して樋野を見た。 「あ、あのさ、藤波さんはいつ帰ってくるの? 」 二人は首をかしげた。 「今、翔優君がお風呂に入ってるから来たんだけどさ……。俺、今、夜の営みを、要芽さん代わりにさせられてるんだ……」 「え!それって、樋野さんと翔優さんがエッチしてるってことですか? 」 那央が確認した。 「……うん……翔優君の脳内では、完全に俺を藤波さんに見立てている……」 那央は顔を赤らめた。 そんなやり方……あるんだ…… 小さくつぶやいた。 「これから……どうするつもりなんですか……?」 橘が聞いた。 「た、たまにならいいよ!でもさ、毎日だし一回じゃ済まなくて、もうおじさんはちょっとついていけないよ……」 樋野は顔を手で覆い、しくしく泣いた。 「毎日で一回じゃ済まないって……先輩を超える人がいるなんて……」 思わず口に出た。 「羨ましいなら、俺、かんばるけど?」 橘がちょっと冷ややかな目で那央を見た。 「あ!ちがっ!がんばんなくていいから!」 那央はまた顔を赤らめた。 「君たちのことはいいからさ!さすがにスケベな俺も限界でさ、助けてほしいのよ!」 「断れないんですか……?」 断れないからそうなってるのはわかるが、那央は一応聞いた。 「改めてお願いされて、そんなの無理だって断ったら、翔優君、無言でじっと見つめてくるんだ。あれをされると、断れないというか、罪悪感が湧くというか……」 樋野はげっそり痩せたように見える。 精気を搾りとられているんだろう。 「うーん……要芽さんがいつ戻るかは本当にわからなくて……」 橘が答えた。 「なんとかして!橘先生っ!じゃないと、俺、夜逃げします!そしたら次は那央ちゃんに手を出すかもしれないですよ!」 「それはダメ!那央が壊れちゃう……!」 橘が慌てた。 「いや、要芽さんの代わりならどちらかというと、先輩の方が似てますけど……」 那央が言った。 「え、那央、ちょっと!俺を売るつもり? 」 「相手が翔優さんなら、いいかなって……。翔優さんは要芽さん一筋だから、要芽さんがいない間だけなら……」 「なんでそうなるの?!那央は、俺が他の人と寝ても平気なの?!」 橘はショックを受けている。 「……たしかに、翔優君は”要芽さんにやられたい願望”があるので、橘先生の方が合ってると思います」 樋野が追い打ちをかける。 「ひ、樋野さんまで……!」 コンコンコン と、ノックがされる。 全員、ビクッとなった。 ドアの向こうは、絶対翔優だ。 橘は、そっとドアを開けた。 風呂あがりでソープの香りがする、さっぱりとした翔優がいた。 翔優のお風呂はいつも最後なので、風呂あがり姿は見かけたことがない。 本当にプライベート……という感じがして、橘は少しドキッとした。 「……橘さん、おかえりなさい。夕食、とってありますが、召し上がりますか? 」 「あ、はい。そのつもりでした。今、着替えたら一階に降ります。自分でやりますので……」 橘は職場の研修で、同期と飲んで帰ってきたところだった。 スーツの上着とネクタイを外したところで樋野が来たのだ。 「わかりました。ところで、樋野さんはいらしゃいますか? 」 翔優の瞳が怪しく光った……気がする。 「い、いますけど、どうしたんですか? 」 「そちらも何か樋野さんにご用事が? 」 「ええ、ちょっと社会人としての心得を学んでまして……」 「お時間、かかりますか? 」 「はい、せっかくなので、色々お聞きしたいな、と」 樋野は橘のやりとりを聞いて、その調子!と心の中で叫んだ。 「私もご一緒してよろしいですか? 」 「ええ……よければ……」 ……そう言うしかないよねぇ……!! 樋野は恐れ慄いた。 「樋野さん……」 那央が切なそうな目で樋野を見た。 「うん、いいんだ、俺が悪かったんだよ。そんな変な誘いに一回でものってしまったんだから……藤波さんが来るまでだよ……」 樋野はまた顔を手で覆い、しくしく泣いた。

ともだちにシェアしよう!