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第91話 翔優の欲求不満
藤波が旅に出てから約二週間が過ぎた。
なぜか、樋野は毎晩夕食を共にして、泊まっていった。
ある日、突然、那央と橘の部屋に樋野が駆け込んできた。
樋野は椅子に座り、橘はベッドのふちに腰掛けた。
那央はテーブルで本を読んでいたところを座り直して樋野を見た。
「あ、あのさ、藤波さんはいつ帰ってくるの? 」
二人は首をかしげた。
「今、翔優君がお風呂に入ってるから来たんだけどさ……。俺、今、夜の営みを、要芽さん代わりにさせられてるんだ……」
「え!それって、樋野さんと翔優さんがエッチしてるってことですか? 」
那央が確認した。
「……うん……翔優君の脳内では、完全に俺を藤波さんに見立てている……」
那央は顔を赤らめた。
そんなやり方……あるんだ……
小さくつぶやいた。
「これから……どうするつもりなんですか……?」
橘が聞いた。
「た、たまにならいいよ!でもさ、毎日だし一回じゃ済まなくて、もうおじさんはちょっとついていけないよ……」
樋野は顔を手で覆い、しくしく泣いた。
「毎日で一回じゃ済まないって……先輩を超える人がいるなんて……」
思わず口に出た。
「羨ましいなら、俺、かんばるけど?」
橘がちょっと冷ややかな目で那央を見た。
「あ!ちがっ!がんばんなくていいから!」
那央はまた顔を赤らめた。
「君たちのことはいいからさ!さすがにスケベな俺も限界でさ、助けてほしいのよ!」
「断れないんですか……?」
断れないからそうなってるのはわかるが、那央は一応聞いた。
「改めてお願いされて、そんなの無理だって断ったら、翔優君、無言でじっと見つめてくるんだ。あれをされると、断れないというか、罪悪感が湧くというか……」
樋野はげっそり痩せたように見える。
精気を搾りとられているんだろう。
「うーん……要芽さんがいつ戻るかは本当にわからなくて……」
橘が答えた。
「なんとかして!橘先生っ!じゃないと、俺、夜逃げします!そしたら次は那央ちゃんに手を出すかもしれないですよ!」
「それはダメ!那央が壊れちゃう……!」
橘が慌てた。
「いや、要芽さんの代わりならどちらかというと、先輩の方が似てますけど……」
那央が言った。
「え、那央、ちょっと!俺を売るつもり? 」
「相手が翔優さんなら、いいかなって……。翔優さんは要芽さん一筋だから、要芽さんがいない間だけなら……」
「なんでそうなるの?!那央は、俺が他の人と寝ても平気なの?!」
橘はショックを受けている。
「……たしかに、翔優君は”要芽さんにやられたい願望”があるので、橘先生の方が合ってると思います」
樋野が追い打ちをかける。
「ひ、樋野さんまで……!」
コンコンコン
と、ノックがされる。
全員、ビクッとなった。
ドアの向こうは、絶対翔優だ。
橘は、そっとドアを開けた。
風呂あがりでソープの香りがする、さっぱりとした翔優がいた。
翔優のお風呂はいつも最後なので、風呂あがり姿は見かけたことがない。
本当にプライベート……という感じがして、橘は少しドキッとした。
「……橘さん、おかえりなさい。夕食、とってありますが、召し上がりますか? 」
「あ、はい。そのつもりでした。今、着替えたら一階に降ります。自分でやりますので……」
橘は職場の研修で、同期と飲んで帰ってきたところだった。
スーツの上着とネクタイを外したところで樋野が来たのだ。
「わかりました。ところで、樋野さんはいらしゃいますか? 」
翔優の瞳が怪しく光った……気がする。
「い、いますけど、どうしたんですか? 」
「そちらも何か樋野さんにご用事が? 」
「ええ、ちょっと社会人としての心得を学んでまして……」
「お時間、かかりますか? 」
「はい、せっかくなので、色々お聞きしたいな、と」
樋野は橘のやりとりを聞いて、その調子!と心の中で叫んだ。
「私もご一緒してよろしいですか? 」
「ええ……よければ……」
……そう言うしかないよねぇ……!!
樋野は恐れ慄いた。
「樋野さん……」
那央が切なそうな目で樋野を見た。
「うん、いいんだ、俺が悪かったんだよ。そんな変な誘いに一回でものってしまったんだから……藤波さんが来るまでだよ……」
樋野はまた顔を手で覆い、しくしく泣いた。
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