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第92話 橘と翔優
翔優はありったけのお酒を部屋に持ってきた。
そしてまず那央が酔っ払って眠ってしまい、次に樋野に酒がどんどん注がれる。
「うん、あのさぁ、翔優君。欲求不満なのはわかるけどぉ、回数じゃあ無いと思うよぉ……」
樋野は那央の寝ているベッドの方に倒れ込んだ。
「ね!橘先生っ! 」
と、樋野から雑に話を振られる。
「まあ……俺はいつなんどきも那央にはくっついていたいから、どちらかというと毎日派なので……」
橘は翔優の気持ちもよくわかった。
「……羨ましいです……私も、要芽さんとくっついていたいです」
「その……樋野さんとは、今どんなプレイになってるんですか? 」
「理想は、要芽さんに抱かれることなんで、樋野さんに入れてもらってます」
翔優のためらいのない答え方。
その欲望を実行できる行動力がすごい……と橘は思った。
そうしてるうちに、樋野からいびきが聞こえてきた。
「樋野さんを連れて行っていいですか? 」
「え?もう結構深酒して、寝ちゃってますよ。今日はよした方が……」
このまま行為におよんで血圧が上がって、血管がプチッといったら大変だ。
「……じゃあ、橘さんが代わりにしてくれますか? 」
え?俺?
翔優が不思議な色気を放ちながら、こちらをじっと見ている。
「お、俺には、那央がいるので……」
「私との関係は、そんな愛情深いものじゃないです……私を助けると思って、お願いします……」
翔優は椅子から立ち上がり、ベッドに腰掛けていた橘の横に座った。
またじっと橘を見ている。
この感じ、要芽の小説の少年の雰囲気に似ていた。
どこか儚げで、かわいそうで、こちらが尽くしたくなる。
要芽さんが離れられないのも、樋野さんが断れないのも、やっぱり、翔優のこの妖しい魅力なのではないかと橘は思った。
翔優は、橘の顎に手を添えて、橘の唇を味わうようにキスをした。
ついに……橘先生を人柱にあげてしまった……
神様!許してくださいっ!
寝たふりをした樋野は懺悔をした。
そして、隣で寝ていた那央の体を揺すった。
「ん……ん?」
那央は目を覚まし、樋野はまた寝たふりをした。
「あ……先輩と翔優さんがキスしてる……」
那央はボーッとしたまま、見たままを口にした。
「あっ!那央!違うんだ!これはちょっとした成り行きで……」
橘がそう言うと、翔優は橘を押し倒した。
「待って!翔優さん!落ちついて!」
橘のシャツがはだけ、そこに翔優がキスをする。
「あっ……ちょ……!」
スーツ姿で押し倒されている橘なんて、なかなか見ることはない。
那央は複雑な気持ちになった。
「那央っ!助けてっ! 」
「……那央さんが混じってきたら、那央さんにキスするんで……」
「あー!じゃあ助けに来ちゃダメ……!」
橘が泣きそうな声で言った。
翔優は橘の乳首に舌を這わせながら、橘のベルトを外しズボンに手を入れている。
「あの……っ……。翔優さん……那央の目の前で……恥ずかしいんですけど……」
橘は、はぁはぁと呼吸を荒げながら言った。
「那央さんも一緒に気持ち良くなりますか……? 」
「それは……ダメ……」
翔優は再び橘に覆い被さり、唇を何度も重ねた。
乱れたシャツの橘、静かに脅迫する翔優。
そんな目の前で繰り広げられる怪しいシーンを、那央は見たいような見たくないような、モヤモヤと悶々が入り混じった気持ちで見ていた。
翔優はキスをやめて、橘の顔を近くからじろじろと見た。
「な、何か……?」
「橘さんは……要芽さんの”いとこ”にあたりますね……」
ヤバい……要芽さんの代わりにちょうどいい……
橘は青ざめた。
橘のズボンを脱がそうとする翔優の手を止めた。
「待って!さすがに、那央のいるところでは……!」
「え!先輩、まさか僕がいないところではいいってことですか……?」
「だって……しょうがないよ……このままじゃ、那央まで翔優さんとエッチなことしなきゃいけないじゃないか……。それとも、那央も混ざりたいの……? 」
橘が疑惑の目を向けてくる。
「え!いや、決してそんなことは……」
翔優が橘に抱きついて、首筋にすりすりした。
「……よく見ると、要芽さんに似てますね。黒髪の感じとか、目元や鼻筋が……。唇は橘さんの方がセクシーですよ。顔色がよくて、体つきが要芽さんより大きかったんで、気づきませんでした」
気に入られてしまったようだ。
橘は、意を決して翔優の頭をなでた。
このまま翔優のペースよりは、こっちのペースになった方がまだマシか……と橘は計算した。
翔優は恥ずかしそうに顔を赤らめて、橘の胸元に顔をうずめた。
橘はそのまま横向きになり、翔優を抱きしめながら頭をなでた。
翔優も橘の背中に手を回す。
ちょうど那央にも背を向けられているし、このまま翔優が大人しくなってくれればいいな……と橘は思った。
「……要芽さん……」
翔優がそうつぶやいたので、翔優の耳を優しくつまんだ。
翔優は、きゃ、っという感じで橘に強くしがみついた。
これは、藤波の本のラブシーンに書いてあったことだ。
こんなささいなイチャイチャで翔優が喜ぶなら、たしかに俺が代理でもいいかもしれない……と、橘は思った。
その矢先に翔優が股間に触れてくるので、やっぱり毎日の人がこれで済むわけないよね……と思い直した。
ギシ、ギシ、ギシ……
と、階段が軋む音がした。
今、階段を歩ける人間は、ただ一人。
藤波要芽だ。
藤波が帰ってきた。
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