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第93話 帰還

「ふじなみしゃんっ! 」 樋野は叫びながら飛び起きて、部屋を出た。 橘もズボンを履き、部屋を飛び出す。 つられて那央も部屋を出ようとした。 「翔優さん!要芽さんですよ、行かないんですか? 」 「……どんな顔をして会ったらいいかわからなくて……」 一番会いたいはずの翔優は、ベッドの上にぽつねんと座っている。 「藤波さんっ!!待ってましたよ!!帰るの遅過ぎぃ!! 」 樋野は泣きじゃくりながら要芽に抱きついた。 「ええ、ご面倒をおかけしました。けど、そんなに泣くほどのことですか……? 」 要芽は樋野の勢いに驚いている。 「要芽さん……なんでもっと早く帰ってきてくれないんですか……」 橘も言った。 「莉音……シャツがはだけているけど……」 「翔優さん、要芽さんがいなくなって寂しすぎたみたいです。俺が要芽さんのいとこで似ていると気づいてしまって……要芽さんの代わりをさせられるところでした」 「はは!それはいいね。僕の代わりにお願いするよ。新しい、怪しいバイトだ」 「やめてください!俺には那央がいるんですから! 」 部屋から、那央に連れられて、翔優が出てきた。 「……おかえりなさい……」 翔優はか細い声で言った。 「ああ、ただいま」 二人の会話の短い会話の後に、沈黙が流れた。 「要芽しゃん!翔優君をぜひ可愛がってあげてくださいね!彼は、今まで苦労してがんばってきて……」 樋野はボロボロと泣き出した。 「本当にあなたのことが好きな゙ん゙ですから゙!!」 うわーんと樋野は泣いて、まだ要芽に抱きついている。 「あの……樋野さんが抱きついたら、翔優さんが抱きつけないんですけど……」 橘が樋野を離そうとするが、樋野は離れられそうになかった。 「わかりました……翔優がみなさんにご迷惑をかけたようで……僕の躾がいたらないばっかりに、すみません」 そう言った藤波だったが、その表情は爽やかだった。 ♢♢♢ 藤波は荷物を置き、着替えると風呂に入った。 別荘の風呂場は広い。 ゲストの家族が、子どもとゆっくり入れるようにしてあるのだ。 翔優が藤波の背中を流していた。 泡が流され、藤波は湯船に浸かった。 「翔優は、もう風呂は済ませたのかい? 」 「はい、すみません、お先しました」 「そうか……いつもシャワーだけど、今日もかい? 」 「はい」 「僕一人のためだけにお風呂をたいてくれたなら、もったいないから、今、君も入ったらどうだい?」 藤波は湯船のお湯で顔を洗いながら言った。 「……は、はい!ではお言葉に甘えて……」 翔優は服を脱ぎ、湯船に入ろうとした。 藤波が手を伸ばして、後ろ向きにされる。 藤波が、翔優を後ろから抱く姿勢になった。 「獅堂に会ってきた」 「お加減は……?」 「良くない」 「そうですか……」 「彼の唯一の心配は、莉音でも翔優でもなく、俺なんだと」 「……どうしてですか……? 」 「さあな、おかしな話だろ」 翔優は湯船のお湯を見つめた。 「あと、親父から珍しく電話が来た」 「え?英公様ですか?」 「那央と同じ職場だった」 「……それは……すごい偶然ですね……」 「自分の教育方針を改めたらしい」 「そう……なんですね……」 「あんな堅物が、信念を変えられるなんて思ってもみなかった。だが、俺は、何歳になっても変われる人間が好きだ。人間なんて、確かなものじゃない。あやふやな自分にすがるよりも、もっと自分に正直に生きればいいのに、と思っていたんだ。親父が変わったことで、僕の考えが親父に認めてもらえたような気がした。それと同時に、僕が本当にそう生きているか、喉元に突きつけられることになった」 「…………………………」 翔優は黙って話を聞いていた。 「僕の中で、翔優はいつまでも中2だった。フランスに行った頃から変わらない。それを僕は焦っていた。僕は、翔優の変化を見れないくらい盲目になっていたのだよ。さっき、君の姿を見て感じた。君は、ちゃんと成長していた。それが見えなくなっていたのは僕の方だ。それを知るために、樋野さんや、莉音、那央が必要だったのは、僕の方なんだ」 藤波は翔優を抱きしめた。 「翔優……僕にとって、君は特別な存在だ。君の代わりはいない。これからも、そばにいてくれるかい……? 」 翔優は震えていた。 「はい……!」 藤波は翔優の頭をそっとなでた。

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