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第8話 翌日 ①

「ユベール様、おはようございます。今日はこんなにお天気がいいですよ」 「ん…?」  僕の意識がまだまどろみの中にた頃、元気な女性の声が聞こえた。  ダインズ家に、こんなに元気な女の子はいたのだろうか?  まだハッキリと働かない頭で、ゆっくりと体を起こすと、今まで使っていた板のように硬いベッドではなく、清潔なシーツをかけられたふかふかで暖かなベッドだった。 「ここは!?」  一気に意識を取り戻し目の当たりにしたのは、日の光がよく入る明るい部屋で、小さなチェストとクローゼット、木製だが座り心地のよさそうな椅子が二脚とそれにあった大きさの机。本棚には本がびっしりと詰まっている。  その上、肌触りがよい綿のパジャマまで着ている。  だんだんと鮮明になっていく記憶で昨日宮殿に着き、アレキサンドロス様のご慈悲で孤児院まで助けいただくとお約束してくださったことを思い出し、我に返った。 「ここはユベール様のお部屋でございます」  笑顔が眩しい見知らぬ女性が僕の前に進み出る。 「僕の…部屋?」 「はい!そうでございます。おはようございますユベール様。お初にお目にかかります、今日からユベール様専属の侍女を務めさせていただきます『クロエ』と申します。どうぞよろしくお願いいたします」  はつらつとした笑顔であいさつをしたクロエと名乗る女性は、綺麗なお辞儀をした。 「あ!ユベールと申します。こちらこそよろしくお願いします」  綿のパジャマを着たまま、大急ぎで自己紹介をし頭を下げる。 「そんなそんな!私は侍女で、ユベール様はあの第一皇子アレキサンドロス様の初めてのご側室でいらっしゃいます!私になんて頭をおさげにならないでください!」  深々と頭を下げ続けている僕に、クロエは慌てて頭を上げさせた。 「でも、僕はそんな立場では…」  昔は王族であったとしても今はその国もなく、僕は何も持たないただの孤児。側室という立場もアレキサンドロス様のお慈悲や気まぐれによるもので、あの方のお心次第でいつでも消えてなくなるのだ。 「何をおっしゃってるのですか?あのアレキサンドロス様が初めてご側室に選ばれた方ですよ!?しかも女神のように美しいお方!私はそんな素晴らしい方の専属侍女に選ばれたことを、本当に光栄に思っています」  クロエに手を両手で握られ、女神だなんて褒められ頬が赤くなるのがわかった。 「御用があってもなくても、どうぞ私を呼んでやってください」  あまりにもキラキラとした眼差しで、クロエが僕を見つめてくれたから、この国に来てから初めて緊張が少し緩んだ。 「わかりました。ではクロエ、今日からよろしく頼みます」  微笑むと、クロエは満面の笑みをうかべながら「ハイ!」と元気に答えた。 それにしてもここが僕の部屋なんて、どういうことだろう?  石畳の冷たい牢獄のようなところに入れられると思っていたのに、ここは清潔な部屋。それに殺されるからと昨日着て来た花嫁衣装しか持っていなかったのに、どうして今、綿のパジャマなんて着てるんだろう……?  綿のパジャマからは石鹸のいい香りがした。 「クロエ……パジャマ(これ)って……」 「私も誰からの贈り物か詳しくは知らないのです。でも贈り物はそのほかにも色々ございますよ。近くでごご覧になられますか?」  クロエが本棚を開けると、小説から実用書までさまざまな種類の本があり、クローゼットにら機能的で動きやすそうな服が数着ある。  その中に見覚えのある花が刺繍された服があった。  あ、あれは……。  服に刺繍された青い花に吸い寄せられ、そっと触れた。 「アズラの花…」  小さな『アズラ』の花は、中央の花の柱頭(ちゅうとう)やく(・・)が淡い黄色で、花びらは目が覚めるような青い花。  アスファーナ家が治めていた国でしか生息していない花。  父様、母様、兄様、姉様……。  笑い合い、広野を駆け回った兄や姉たちを思い出や、いつも笑顔で抱きしめてくれた両親が思い出されては消えていった。  もう二度と会えないのですね……。    涙が浮かんできそうなのを、我慢した。 「ユベール様、昨日は宮殿に着かれてから、何も召し上がっていませんよね」 「あ、そうだった」  昨日はずっと緊張しっぱなしで、それどころではなかった。 「なので、今朝は特別な朝食にしてみました」  クロエがパンパンと手を叩くと、美味しそうな香りを漂わせた食事をのせた、銀色のカートを押した侍女が入ってくる。  その香につられて、お腹がぐぅ~となった。 「まぁまぁ、可愛いお腹の音だこと」  クロエがクスリと笑ったので、恥ずかしさで頬が赤くなるのがわかった。  次々に運ばれてきた食事がテーブルに並ぶ。

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