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第9話 翌日 ②
精白パンとライ麦パン。透明感のあるスープにはたくさんの野菜が、具としてふんだんに使われてる野菜スープ。フォークを入れると中身が蕩け出てきそうなオムレツ、絞りたての牛のミルク、高山特有の葉物野菜のサラダに豚の腸で作ったソーセージ。
どれここれも幼い頃から食べ親しんだ故郷の料理。
「わぁ~」
テーブルに料理が並べられ目を奪われた。
「どうぞユベール様」
クロエがが椅子を引いてくれ、僕は|誘《いざな》われるように席につく。
「お好きなだけ、召し上がってくださいね」
グラスにクロエがミルクを注いでくれる。
「本当?これ全部、僕の朝食?」
食事一品一品、目移りしてしまう。
こんなに食欲をそそられた食事は久しぶりだ。
「そうですよ。おかわりもございます。遠慮なくおっしゃってください」
「クロエ、ありがとう」
そういうと、
「そのお気持ち、ちゃんとお伝えしておきますね」
クロエは嬉しそうに微笑んだ。
本当に久しぶりに、落ち着いて暖かな食事をお腹いっぱい食べることができた。
食後、クロエが「ハーブティーの用意をしてきますね」と部屋を出る。
これは僕の思い過ごしかもしれないけど、クロエは僕が一人になる時間をくれたような気がした。
改めて僕にあてがってくださった部屋を見回す。
とても質素だが、埃一つなくベッドもきちんとベッドメイキングされている。
ベッドの側のテーブルに目をやると、一輪挿しの花瓶に抜ける空のよう青い花が飾られている。香りを嗅ぐと甘い香がし、そして遅れて草の青々しい爽やかな香がする。
大きな窓から手入れをされた園庭を見下ろす。剪定師 がどの木も同じ形に切り揃えていた。
外は爽やかそうな風が吹いているのか、園庭の木々や花がかすかに揺れる。
こんな日に孤児院の子供達とピクニックに行ったことが、懐かしい。
あの子達は元気だろうか?
黙って出て行ったこと、怒ってないだろうか……。
あの子達が恋しい……。
揺れる草花を見ると、家族で過ごした記憶が蘇る。
父様、母様、兄様、姉様……。
僕は偽りの側室を演じることが、できるでしょうか?
僕は孤児院の家族達を守れているでしょうか?
僕は孤児院の家族達を守れるでしょうか?
昨日の今頃は、ダインズ家から宮殿に行く馬車の中。
昨日、今の現状を予期できなかった。
明日はどうなってる? 明後日は? しあさっては?
これからのことはわからない。
ただ確かなのは、殿下の意図していないことをしてしまったら、殿下の機嫌を損ねてしまったら、確実に僕はこの宮殿から追い出されるか、幽閉されるか、最悪の場合、殺されてしまう。
死を覚悟して宮殿 に来たのに、いざ本当に死を身近に感じると恐ろしくてたまらない。
暖かな部屋なのに、身震いをしてしまう。
また外の景色を見ると、母様の言葉が思い出される。
『人を見かけで判断してはいけません。見えているところだけが、その人の全てではありません。じっくりと一人ひとりと関わるのです。そしてその人の喜びや悲しみを共に感じるのです。ユベール、人の心に寄り添い、時に助け、人のために行動できる父様みたいな人になるのですよ』
母様が僕の頭を撫でながら、優しい声色で微笑みながら繰り返し繰り返し言ってくれたこと。
そして隣国の兵士に殺されそうになった時、僕を逃すため、身をていしてぼくを守ってくれた父様、母様、兄様、姉様、乳母の姿が思い出される。
ねぇ、母様。
僕はそのような立派な人になれるでしょうか?
青く澄んだ空に問いかけても、答えはかえってこなかった。
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