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第10話 初夜

「ユベール様、アレク様は業務でお忙しく、残念ながら今夜はこちらに来られなくなってしまいました……。ご支度までしてくださっていたのに、本当に申し訳ありません」  ソファーにすわる僕の隣に座るヒューゴ様が座り、眉尻を下げ申し訳なさそうに言った。 「いえ、殿下がお忙しいのは当然で、僕が殿下の手を煩わせてしまうことは、あってはならないことです。だからどうか僕に申し訳ないと思わないでください」  そういいながら、僕は真底ほっとする。 「殿下に『あまりご無理をされないでください』とお伝えください」 「必ずお伝えいたします。それでは私はこれで……」  ヒューゴ様が頭を下げ部屋の外に出られるまで、 僕は見送った。  部屋に一人になり緊張の糸が切れ、ベッドのヘリに座り込む。  よかった……。  胸を撫で下ろしていると、クロエが部屋に入ってきた。 「きっと殿下は本当は今夜、ユベール様との初夜を迎えたかったと思います。でも殿下は本当にお忙しい方なので、今夜のことは、どうかお気になさらないでくださいね」  ガウンとガウンの下に着ていた肌触りがよく、体のラインが透けて見えるネグリジェを脱がせ、綿のパジャマに着替えさせてくれる。 「うん。殿下がお忙しい方だとわかっているよ。だから僕は、今夜のことで殿下の手を煩わせてしまわなかったことが、本当によかったと思うんだ」 「それでも……」  クロエは何か言いたそうだったが、途中で口ごもった。 「何がお飲み物をお入れしましょうか?」 「うん。昼間淹れてくれたハーブティーが飲みたい」 「かしこまりました。ご用意いたしますので、少々お待ちください」  そう言ってクロエは部屋をあとにした。  本当は今夜、殿下と初夜を迎えるはずだった。  早めの夕食をとり初夜を迎えられるよう、ほとんど体が透けて見えるような素材のネグリジェを着、部屋にアロマキャンドルを焚き準備をする。  でも僕は初夜に何をするか知らない。  クロエに聞いたら「殿下に身も心も愛されることですよ。だからユベール様は殿下に身を任せてください」としか言われなかった。  今夜、初夜というものが僕の部屋で行われ、僕は殿下と一夜を共にする。それが何を意味するものなのかわからず、不安でまたらなかった。  体が透けて見えるネグリジェを着せられて、何をすのだったんだろう?  着ている間、恥ずかしさでどこかに隠れてしまいたかった。 ートントントンー  部屋のドアがノックされる。 「はい」 「クロエです。ハーブティーをお持ちしました」  ガチャリとドアを開けると、ハーブティーを乗せたカートを押したクロエが部屋に入ってきた。 「昼間にお淹れしたものとは違いますが、お部屋で焚いているアロマキャンドルの香りが引き立ち、安眠できるお茶です」  ポットからティーカップに湯気があがるハーブティーが淹れられる。  ふわりの花の香りがした。庭に出られない僕には、外の空気を運んでくれる。 「ほんとうにいい香りだね」  砂糖を入れずに、香りのついた湯気を吸い込むと、肺の中と血液に香りが染み込んだ。  クロエは僕の知らないことや、知らない物をよく知っている。だったら今晩、殿下が僕の部屋にやってきてするはずだった『初夜』というものも、しっているだろうか? 「ねぇクロエ、一つ聞いていい?」 「なんでございましょう?」 「初夜ってなに?」  何を慌てたのか、クロエは持っていたカップを落としそうになった。 「も、もしかして……ご存知なかったのですか?」 「うん」 「そ、そうですか……」  クロエは困惑しながらも、何んを考えているようだった。そして何かいいことを思いついたかのように、手をパンっと叩く。 「では今度、初夜とはどうかお教えいたします。ですから、何も心配なさらないでくださいね」 「う、うん」  僕はそう答えたけど、知らないとなにか心配になることでもあったんだろうか?  余計に気になってしまった。

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