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第29話 決意 11

「ユベール様は何のご本を読んでいるの?」 「え?ご本?えーっとね……小説って言って、少し長いお話が書いてある本だよ」  まさか子どもに『大人のロマンス小説』とは言えず、小説の部分だけを話す。 「それ面白いの?」 「まだ読み始めたばっかりだけど、知らないことがたくさん書いてあって面白いよ」 「僕が読んでるご本も面白いよ」  テーブルの上に置いていた本を、僕に手渡してくれる。 「お誕生日に買ってもらったんだ」  それは6歳児が読むには少し分厚い。  表紙には見覚えがある本だった。  この本はたしか孤児院にいた頃、子ども達にせがまれよく読んだっけ。 「その本面白いよね」  本を見ていると、孤児院での生活を思い出し懐かしくなり、恋しくもなる。  あの子たちは元気にしているだろうか?  会いたい……。 「ユベール様このご本、貸してあげるよ」  カイト君は本をさらにグイッと差し出してきた。 「え?大事な本なんじゃないの?」 「うん。でもいいんだ」 「どうして?」 「だってユベール様、今さみしそうな顔をしているよ。悲しそうな人とか、さみしそうな人とか困っている人には、優しくするんだよってママが言ってたもん。それに僕、ユベール様に元気になってほしい。だから貸してあげる」  僕が読んでいた本の上に、カイト君は自分が持っていた本を重ねた。 「優しいね」  カイト君は「えへへ」とくすぐったそうに笑う。  孤児院を出てから、久々に触れた無垢な優しさ。  心が、また少し温かくなった。 「ねぇカイト君。一人で読むより一緒に読んだ方が楽しいから、一緒に読まない?」  そう言いながら自分の膝の上をポンポンと叩くと、カイト君は「やったー!」とぴょんぴょん飛び跳ねながら僕の膝の上に座る。 「カイト君はどこまで読んだの?」 「えーっとね……」  カイト君は続きのページまでめくると「ここ!」と指差した。 「それじゃあ、ここから読むね」  そんなやりとりをしていると、 「ユベール、ヒューゴ、これはどういうことだ?」  顔面蒼白になったクロエと殿下が現れた。  日はまだ高く、殿下がお戻りになる時間はもっと遅いはず。  どしてこんなに早いの?  一気に緊張が全身を駆け巡り、冷や汗が背中を伝う。 「俺は部屋から出ていいといってはいないが。あんなことがあったのに、まだ俺のいうことが聞けないのか?」  殿下の紅い瞳が怒りでより紅い。  何か喋らないと、何か喋らないと……。  気持ちは焦るのに、すごむような瞳でにらまれると、蛇に睨まれた蛙のように口から一言も言葉がでない。 「クロエは、自分がユベールを園庭に誘い出したと言っているが、それは本当か?」  殿下は隣にいたクロエを、虫ケラでもみるような目で見、クロエはビクっ体を揺らした。 「それは……」 ー僕の意思で園庭にでました!ー   そう言いたいのに喉の奥で言葉が詰まり、何も言えない。 「俺がいない間にまた殺されかけたいのか?」  あの日の出来事が瞬時に脳裏で再生され、身動きがとれない。 「ヒューゴ。お前という奴がいながら、この不始末。どう責任を取るつもりだ」  殿下の手が腰の剣に伸びる。  場が凍る。誰1人、身動きがとれない。  時が止まったように何一つ動いていない。  ダメだ!このままではダメだ!  お腹に力を入れ、喉の奥に詰まった言葉を放とうとするが、何度力を入れても言葉は喉より上には上がってくれない。  息を大きく吸うが吐くことができず、苦しい。  お願い!声よ出て!  心の中で叫んだとき、ヒューゴ様が殿下に近づき、目の前で跪く。 「アレク様の思いのまま、ご処分を」  頭を下げた。  剣と(さや)が擦れる音がして、ヒューゴ様の頭上で剣の刃が太陽の光を反射させる。 「言い残すことは?」  殿下の声と眼光はその場を凍えさせる。  そんな!待って!  体を動かそうにも、体が胴で固められたように動かない。  待って!  声を出そうにも、喉をきつく締め付けられているようで声が出ない。 「ございません」  ヒューゴ様は顔を上げず、殿下からの処罰を待っている。  待って!待って!  どうして動かないんだ!  どうして言葉が出ないんんだ!  殿下との約束を破ってまでして、外に出ようと決めたのは僕自身じゃないか!  僕は自分で決めたことは、自分で責任を取ると決めたんじゃなかったのか!  自分で前に進もうとおもったんじゃないのか!  悔しい!何もできない自分が、自分の行動の責任すら取れない自分が情けなくて、悔しい。  いやだ!このまま何もしないなんて嫌だ!!  僕はもう、何も失いたくない!  失わないんだ!!  絶対、絶対にもう何も失わない!  体の奥深くに力を込める。  殿下から処罰を受けるのは僕であって、ヒューゴ様じゃない!

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