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第36話 ただいま
孤児院では畑の手入れをしたり、子ども達と一緒に遊んだり、夕食を作って食べてり。
楽しい時間を過ごした。
とても楽しい時間で、子ども達に「泊まっていって」とねだられたけれど、僕は少しでもはやく宮殿に返って殿下に会いたかった。
「今度はゆっくり遊びにくるからね」
牧師様にお礼を言って、僕たちは夕暮れの中、殿下の元に急いだ。
「ただいま戻りました」
玄関から宮殿に入り、一目散に殿下の書斎に向かう。
ノックをしたけれど、返事はない。
そっと扉を開くと、部屋は真っ暗で誰もいない。
殿下はどこに?
あたりを見回していると、扉がバンっと勢いよく開かれた。
振り返ると
「殿下!」
息をきらし、肩で息をしている殿下がいた。
「殿下、ただいま戻りま……」
言い終わらないうちに、殿下は大股で歩いてきた僕を抱きしめる。
「どうして帰ってきた。帰って来なくてよかったのに」
辛辣な言葉なのに、殿下の声は怯え震えている。
「こんな窮屈な俺の元になんて、帰ってくるな。ユベールはあの孤児院でみんなと笑顔の中、幸せに暮らせ……」
突き放すような言葉なのに、僕を抱きしめる力はより強くなった。
「僕は殿下のそばがいいです。殿下の隣で笑っていたいです」
「俺は……俺はユベールを笑顔にする方法がわからない」
「僕も殿下を笑顔にする方法がわかりません。でも……僕は殿下を知りたいです。噂の殿下じゃなくて、本当の殿下を」
「知ってどうする。失望するだけかも……しれないんだぞ」
「そうですね。でも失望するよりも前に、僕は殿下を知らなさすぎる。それは殿下も同じです。僕を知ってください」
今度は僕が抱きしめ返す。
「ただいま戻りました」
「……」
「手紙、嬉しかったです」
「!読んだのか?」
「はい」
「あの牧師め」
殿下が苦々しく呟く。
「孤児院の子ども達に本をくださたことも、僕の部屋のことも、僕のために選んでくださった本のことも、服や食事のことも聞きました」
「あれほど言うなと言っておいたのに、あのクソクロエ、いいやがったな」
言葉は悪いのに、殿下のことが可愛くて仕方ないと感じる。
「僕が殿下のことを知りたい気持ちを、どうかお許しください」
僕がいうと、しばらくの無言の時間が続いたが、
「知って欲しい……」
殿下の震えは止まっていた。
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