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第46話 初夜 ⑥

 ハーブティーの香りがする中、僕はアレク様の手を両手で包み込む。  アレク様の手はゴツゴツしていて、内側の皮膚には剣でできただろうか、硬い豆がいくつもできている。  その豆からは、今までどれほどアレク様が努力してこられたかがわかる。  とても努力家でも温かくて愛しい手。 「僕はアレク様のことがよくわかりません。だから怖いか怖くないかはわかりません……」 「やはりそうか……」  僕を見つめるアレク様は悲しそうに、視線を下に移す。 「でも嘘をついた僕を咎めることなく、孤児院を助けると言ってくださったり、僕のために故郷の料理を用意してくださったりとお優しい。僕にはどうして、アレク様にあんな恐ろしい噂がついて回るのかわかりません」 「……」  「だから僕は、アレク様のことをもっとよく知りたいと思いました」  アレク様から目が離せない。  離したくない。  アレク様も僕と同じ気持ちでいてくれるのだろうか?  「本当に怖くないのか?俺は『悪魔の子』だと言われているんだぞ……」  ここまで気にされているということは、アレク様は周りの人達に悪魔の子だと、忌み嫌われて深く傷ついているに違いない。  僕はアレク様の本当の姿を知って、みんなに知って欲しい。  あの優しい笑顔のアレク様を、知って欲しい。  悲しそうに瞳が揺れているアレク様を、僕が癒してあげたい。 「僕はアレク様のことを『悪魔の子』だとは思えません。本当の悪魔の子であれば初めてアレク様にお会いした時、その場で僕は殺されていたでしょう……」 「……」  「でもそうなさらなかった。アレク様は悪魔の子ではありません。僕が必ずアレク様に付けられた汚名を晴らしてみます!」 「俺はユベールさえ本当の俺を知っていてくれるならそれでいい」 「それでも僕は皆んなに知ってもらいたいんです。それにアレク様に僕のこと、沢山知って欲しいです」  今のアレク様になら、僕は身を委ねられる……。  僕はアレク様の目の前に立ち、肩にかけられたストールをするすると外し、床に落とす。  「僕は初夜にどういうことをするのか、読んだ一冊の本の中のことしかわかりません。アレク様が望まれていることができないかもしれませんが、僕のこと、知って……いただけませんか?」  今からどんなことが待っているのか、胸は不安で押しつぶされそうだ。  恥ずかしさから俯き耳の裏まで赤くなっていると思う。  震える手で袖から腕をゆっくり抜くと、脱いだ服をストンと服を床に落とし胸と楔を手で隠した。 「……」  俯いていて、アレク様がどんな顔をされているか検討もつかない。  でも息を飲む気配は感じた。  アレク様も不安なのだろうか?  じゃあ僕が頑張らないと……。  胸と楔を隠したまま僕は脱いだ服を跨ぎ、目を見張るアレク様に、一歩また一歩と近づく。 「僕はアレク様に……全てを……捧げます……」  緩く束ねていた髪留めをするすると外すと、僕の身体にさらさらと輝くような金色の髪が流れ落ちてきて、ピンク色の乳首を隠す。  そして小説の挿絵であった女性のように、アレク様の首に両腕を回す。 「ユベール……」 「僕を知ってください」  一瞬たりともアレク様は僕から目を離さない。  僕もアレク様のルビーのようにどこまでも美しい瞳から、目が離せない。  どちらともなく吸い寄せられるように唇に近づき、唇と唇を合わせた。  数秒唇を合わせ離す。  離れたくない。  僕は自ら唇を合わせる。  口付けというより、唇と唇を微かに合わせるだけの行為。  唇を合わせるたびにアレク様からする爽やかな香りと唇の柔らかさに、頭はぼ~っとしてくる。   なんだかとても……気持ちいい……。  「アレク……様……」  アレク様に近づこうと無意識のうちに僕は首に回した腕の力を強める。 「本当に、いいのか……?」  アレク様が僕の肩を掴んだかと思うと、ドサっとベッドに押し倒され覆い被さられる。  口調は優しいが、瞳の奥には今にも僕を食い尽くすしてしまいそうな鋭い光を宿している。  どうなってしまうのだろう?  おかしくなってしまうのだろうか?  怖いものなのだろうか?痛いものなのだろうか? 「優しく……してくださいますか?」 「ああ、優しくする。怖い思いなどさせない。ユベールの初めてを、俺に預けて欲しい」  僕の額にアレク様が優し口付けをする。  その口付けが胸の中にあった不安が溶かしてくれる。  僕はアレク様の問いかけにコクリと頷く。 「ユベール……」  アレク様の唇と僕の唇がまた重なる。  アレク様の舌が僕の上唇と下唇の間に入ってきて、口内を舌でくまなく舐められる。  気持ちよくて、夢中でアレク様の舌と僕の舌を絡めようとするが、すぐさまアレク様の舌は僕の舌を絡めとる。  くちゅりくちゅりっと唾液が混ざる音がし、口内をくまなく刺激された。 「ン……んン……」  息がうまくできない。  頭の中は真っ白になっていき、そのまま意識を手放しそうになった時、ようやくアレク様は僕から離れた。

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