29 / 53

第二章美味しい食卓編 第1話-1

 新規プロジェクトは時代にあった企画だったのか軌道に乗りやすかった。そして今年度わが社は環境に優しい商品を産み出す優良会社として認められたのだ。それに伴い俺たちのいる「企画立案部」は「開発事業部」へと部署名も変更となった。場所もビルのワンフロア全部をもらえるようになり、ありがたい事にかなり人員も増えた。 「最近の倉沢はワーカーホリック気味で心配だよ」  資料を片手に俺に声をかけてきたのは|安住和真《あずみかずま》。俺の伴侶だ。俺は|倉沢健吾《くらさわけんご》。俺がこの部署の室長で安住が副室長。公私ともに俺らはパートナーである。 「目の下に隈が出来てる。昨日あれからまた起きだしてたんだろ?」 「安住には隠せないな。うん。書類がまとまらなくってな」 「そういう時は僕も手伝うって言ったじゃないか」 「いや、お前だってその前の日は徹夜だったじゃないか」 「まぁ。そうだけど。でも……」  最近は忙しくてゆっくりと二人の時間を過ごしていない。徹夜や帰宅が深夜にならない時は出来るだけ一緒に布団に入るが、互いに明日に響かない様に寄り添って眠るだけの日が続いている。 「はぁ。これだけ事業が拡大されたんじゃ俺たちだけでは手に余るようになっちまったんだろうな」 「ああ。そうだな。そろそろ責任ある仕事を部下たちに任せても良いのかもしれない」 「今回のプランが終わったら割り当てを考えようか」 「そうしよう! ところで倉沢は夕飯まだなんだろ?」 「うん。でも今日もこの後仕事が残ってて」 「わかってるよ。1時間ぐらいなら良いだろ?近場で美味い料理店を見つけたんだ。行こう」  安住にしては珍しく強引に話を進めてきた。心配げに俺を見つめてくる目は切なく揺れている。まるで断らないでくれと言う風に。忙しさにかまけて俺が食事の代わりに栄養補助食のゼリーやドリンクで済ませていたのがバレてたのかもしれない。 「そうだな。気分転換にたまには外食もいいか」  俺の一言でぱあっと安住が嬉しそうにほほ笑んだ。くせのある栗毛にぱっちりとした二重が大型犬に見えてくる。 「よかった。実は予約してあるんだ」 「なんだ。そうだったのか」   連れて来られた場所は職場から5分ほどの雑居ビル。 「アニョハセヨ~」  奥から聞こえてきたのは韓国語だ。 「安住サンですね。奥の個室にどうぞ」  壁には漢方のサンプル標本が貼ってある。俺にはただの実や木の根っこにしか見えない。その横にカラフルな服を着た人形と小さな石造が置いてある。俺がきょろきょろしてると安住が説明してくれた。 「その人形が着てるのが韓国の民族衣装のチマチョゴリだよ。横の石像はトルハルバン」 「安住はなんでも知ってるんだな」 「以前仕事で韓国の済州島に出張に行ったことがあるんだ」 「へえ。知らなかった。その石像はお守りか? やけに鼻がデカイな」 「うん。それもあるけど……鼻や耳を撫でると子宝に恵まれるって言われてる」 「鼻を……」  そういえば昔から鼻がデカイ男は|ア《・》|レ《・》もデカイと言われてたような。ついつい安住の鼻に視線がいってしまう。こいつのが結構な大きさなのは身長や体格に比例するのかと思っていたが、鼻の大きさなのか? 俺の視線の意図することに気づいたのか安住がコホンと咳払いした。

ともだちにシェアしよう!