32 / 53
第2話-2
玄関を開けた途端に旨そうな唐揚げの油の香りがする。昨夜は深夜帰宅となりそのまま眠ってしまったので安住と話せずじまいだった。約束通り今日は唐揚げにしてくれたんだと思うと嬉しくなり勢いよく大声になった。
「ただいまっ!」
「うわっ。あつ……」
俺の声に驚いたのか安住が火傷をしたようだ。
「え?!安住?」
慌てて台所に行くと苦笑した安住の姿が目に入る。ジーンズにポロシャツの上から紺のエプロンをつけた彼は水で左手を冷やしていた。
「悪いっ! 俺が大声だしちまったから。脅かしてごめんよ」
「いや、いい。そろそろ帰ってくるかなって思ってたんだ」
後ろから俺が抱きつくようにして手元をのぞき込むと、はにかむ様な笑顔を見せてくれた。目の前の大皿には大量の唐揚げがあげられている。
「ぷっ。凄い量だな」
「えっと。残ったら明日の弁当にするから!」
「え? 本当か? やったあ!」
コンビニ弁当に飽きていた俺は素直に喜んだ。明日は展示会のイベントがある。食事を買いに行く時間はないだろうと諦めていたからありがたかった。
「昼頃に僕も会場に行くから。新規クライアントの質問などはその時に受けるよ」
「おう。そうしてくれると助かる」
大皿に目を移すといくつか唐揚げの色が違う。安住に視線を戻すと気づいたかといった様子で説明しだした。
「味付けが違うんだ。これがニンニク味。これが柚子胡椒。梅しそ。そしてこれが定番。食べてみてどれが一番気に入ったか教えてくれよ」
「うん。うん。どれも美味そうだよ」
「付け合わせはさっぱりしたモノが良いと思って、野菜の酢漬けとホワイトアスパラのサラダとトマト。キャベツの千切りもあるよ」
「すげえな。これ、まさか、昨日下ごしらえしたせいで眠れてないんじゃないだろうな」
「ん~。はは。まぁいいんだよ。これが僕の気分転換にもなるんだからさ」
「本当か?無理してねえのか?」
「ああ。僕の趣味が料理なの知ってるだろ? 何もかも忘れて熱中して作ってるとさ。自然とアイディアが浮かんできたりするんだよ」
安住は企画担当だ。俺なんかが浮かばないような斬新なアイデアが次々に飛び出してくる。物事の目の付け所が違うのだろう。
俺は冷蔵庫から氷を出し、タオルにくるんで安住の左手に巻いた。
「ぷっ。なんか大怪我したみたいだな」
「火傷の痕を残したくないんだ。お前の身体には俺の跡しかつけたくない」
「〜〜っ!つけるのは僕のほうだけどな」
「俺もつけさせてもらう」
「……うん。先に食べようか」
安住の耳が赤い。照れてるんだな。つられて俺も恥ずかしくなってきた。とりあえず飯にしなければ。
「お、おう」
ともだちにシェアしよう!