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第5話-1 卵焼き

◇◆◇倉沢Side 「はらわたが煮えくり返るとはこういうことを言うのだろうな」  今まで生きてきて、仕事以外に自分を突き動かすものはなかった。誰かと付き合ったとしても、仕事を優先してしまう。安住には真面目で仕事熱心だと言われたが、そうではない。他人に興味が持てなかったのだ。 「愛や恋だというモノがわからなかった」  かといって家族にないがしろにされたわけでもない。ただ、他人にあまり興味がもてなかったのだ。  長男だったせいか祖父に厳しくしつけられた。仕事や勉学が出来ない奴は男ではない。常に強い男であれと。  強い男とはなんだろうか。身体的にも精神的にも強くなければと思ってきた。その結果、自身が左右されるような恋愛感情自体を遠回しにしていたのかもしれない。安住に初恋がまだなのではないかと言われるまで思いもつかなかった。  安住は不思議な男だ。大抵の人間は俺の事を仕事人間だと言い、必要以上に関わってこない。だが、安住は違った。いつの間にかすんなり俺の友人になっていた。始めは柔軟な考え方でいろいろな企画を打ち出してくるのが気に入った。発想が面白い。こいつと知り合い、俺の考え方も変わってきた。初めて誰かといて充実したと感じた。 「難しく考えなくていい。少し目線を変えてみるんだ。そこから見えるものがあるはず。昨日より明日の自分が好きになれるよ」  安住はどんどん俺を変えていく。LGBTQについて真剣に取り組んだのも、もっと幅広い知識を手に入れたくなったからだ。安住と議論を重ねるごとに自分の中の鎧が剥がれていった。   まあだからと言って急にすべては変えられない。今でも特定の人間以外に関心はない。それでも自分は偏った人間だと自覚できただけでもいいと思えるようになった。 ――――今の俺の中心には安住がいる。  あの北島という男は俺の安住に意味深な言葉を投げかけていた。さも関係があるように。何が弁護士だ。駆け引きが下手すぎる。わざと周りにも聞こえるように話していた。まるで安住を動揺させるように。  次の相手の出かたを見極めるしかないが、これもひとつの戦法だと思えば苦にならない。むしろ今後の対策のために潰しておいた方が良いかもしれない。我ながら物騒な思考だ。

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