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第5話-2

 会場を出る前に先に帰ろうとしていた安住を捕まえる。しゅんとしょげた顔の上にぺたんとなった耳が見えそうだ。きっと尻尾も下がってるんだろう。叱られた大型犬のようだ。思わず笑いそうになるのを堪える。  周りからは王子様と呼ばれているカッコいい男だが、俺から見たら可愛いとしか言えない。そうだ、可愛くて堪らないのだ。こんなにも自分が誰かに執着するなんて思ってもみなかった。  安住は俺と付き合う前は自分の性癖を自覚するために男を相手にしていたと言っていた。北島って奴がそうなんだろう。俺以外の誰かが安住の肌に触れていたのかと思うと怒りが湧いてくる。あの栗毛にあの唇にあの腕にあの腰に俺以外が触れたのかっ! どろどろとした感情が溢れそうになる。このままだと安住を必要以上に追い詰めてしまいそうだ。 「なんでもいい。和食が食いたい」  部屋に入ると何の気なしに口ばしっていた。このままだと棘のある酷い言葉をぶつけてしまいそうで嫌になる。過去の話なのに。大事なのは今なのに。だから安住の飯を食いたかった。尖った心が癒されるからだ。 「わかった。すぐ作るよ!」  俺のリクエストに安住が冷蔵庫にすっ飛んでいった。テキパキと食材を刻んでいく。さすがだな。手際が良い。何が出来るんだろう。俺以外の誰かにもこうして飯を作ったことがあるんだろうか? そんなの許せないな。ふつふつと湧いてくる憎悪と共に安住の手元を凝視する。  だが、料理を作る真剣な姿勢をみるうちに徐々に気持ちが収まってきた。安住は俺に関わる事に手を抜いたりしない。それに旨そうな匂いが漂いだす。自然と自分の口元が緩んでくるのがわかった。 「良い匂いだな」  安住が一瞬手を止めて俺を見た。嬉しそうにほほ笑むとまた料理を続ける。じゅわ~っと油の音と黄色い液体がフライパンに流される。卵か?くるくるっと巻き上げて綺麗な焼き色の卵焼きが出来上がった。 「あっ。しまった。ご飯がないっ」  安住が慌てる。珍しいな。それよりも早く食いたくて仕方がない。 「かまわないさ。これで充分だ」  出されたのは豚汁だ。以前俺がしょうが入りが良いと言ってたのを覚えてくれてたのだろう。良く煮えた芋とごぼうにこんにゃくと豚肉。ああ、旨い。冷えた心が温まる。次にふっくらとした卵焼きをひときれ口に入れると卵の味が広がった。見た目上品そうな綺麗な焼き色なのに、中身は素朴で優しい味わいだ。まるで安住そのもののように思えた。 「うん……旨い」  それを聞いて安住がホッとした表情を見せる。緊張させてたか?そりゃそうか。そういえば会場からこっち、ずっと無言でいたな。別に攻めてるわけじゃないんだがな。いや無言にすることで攻めていたか?   俺ってば、なんて自己中心的なんだろうか。はあとひとつ息を吐いて安住に向き直った。 「さて、そろそろ話してもらおうか?」 「うん。聞いてくれるか? 馬鹿な僕の話を」  なんだよ、もう。すでに半泣きじゃねえか。自分の伴侶を泣かせるなんて俺は最低だな……。

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