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第28話

解雇を命じられたのと同じ様な心境に目の前が暗くなる。 しばらく国軍の会議に参加できない……だけじゃない。ひょっこり帰ってきた夫と狭い空間に二人で過ごさなくてはいけないなんて。 勿論「はいそーですか」と聞き入れるつもりは一ミリもない。広間を後にして、振り返りざまにルネを睨んだ。 「二択だ。お前ひとりで新築に住むか、ヨキートに帰るか、どちらか選べ」 「前者は君が、後者は私が陛下の好意を裏切ることになる。どちらも良くないと思う」 ルネは両手を前で組み、上品な仕草で備え付けの腰掛けに座った。 「さっき陛下に申したように、私もただで住まわせてもらう気はないんだ。怪我や病気をした人を看ることはできるから、街で働かせてもらおうと思う」 「他国の王子を雇う病院がどこにあるんだよ。それよりさっさと国に帰れ」 「オリビエが心配かい? 大丈夫だよ、あの子ももう自分で服が着られるようになったし」 「……それは今関係ない」 彼に背中を向け、大窓の先に目をやる。二重でため息が出そうだった。 くそぅ……こんな時にそんな大事なこと、さらっと言ってほしくなかった。 「陛下は君にも休養をとってほしいんじゃないかな」 ルネは天井を見上げながらぽつりと呟いた。 「私がいなくなった後も仕事仕事、朝から晩まで休まず仕事してたんだろう? オッド君に聞いたよ。自分の体に鞭を打って、部下にも鞭を打っていたって」 オッド……あいつは後でシバく。 「休息が必要ない人なんて存在しない。せめて少しの間だけでも、争い事から離れてくれないかい?」 「…………」 争い事が嫌だと思ったことは、不思議とない。常に心臓に負荷をかけてるような仕事も、仕事なのだからと割り切り、むしろやり甲斐を感じていた。だからそれを手放したら堕落してしまうのではないか、という不安がある。 それでもルネは強い意志を秘めた瞳でこちらを見ている。今さら視線を外すことはできなかった。 「はぁ……」 力ない足取りでフロアを移動する。自室までの道のりが、今までで一番遠く感じた。これから一日が始まるというのに、今すぐベッドになだれ込みたい……手すりに掴みながら階段を上っていると、何やら騒がしい音が上から聞こえた。 この上はノーデンスの部屋しかない。嫌な予感がして駆け上がると、使用人達が部屋の荷物を運び出していた。 こちらに気付いた使用人の女性が、困った顔で駆け寄ってくる。 「ノーデンス様。理もなく申し訳ございません、陛下の朝一のご命令でして……私にはどうすることも」 「これは?」 「ノーデンス様がお引越しするので、その作業を任されてます。ただ新しい家は家具が全て揃って、人が住める設備になってるみたいです。なので必要なものだけまとめていただければ、後は我々が運びます」 指示から手配まで早過ぎだ。何故こういうどうでもいいことばかり頑張るのか、彼という人間が本気で分からない。善は急げみたいな感覚なのかもしれないが、これは善じゃない。悪行だ。 「あれ。何だか忙しそうだね」 「あっ! ルネ様……やっぱりそういうことだったんですね。私共も安心しました」 後ろから追いついたルネの姿を見て、女性は胸を撫で下ろしていた。悪気はないとわかっていても、「そういうこと」と一括りにされるのが屈辱で仕方なかった。第一まだ何も納得してない。 第二の同居生活が始まるのを何としても阻止しないといけないが、ローランドはこれから忙しくなる為、会うことはできない。 「ノーデンス様、もし良ければ新しいお家をご覧になってください。私は外観しか見てませんが、赤レンガのとても素晴らしい家でしたよ」 「あぁ、それは良い。ノース、お言葉に甘えて見に行こう」 新居の話に、ルネが目を輝かせて飛びついた。げんなりしたが、やってきた使用人から鍵を渡され、行かざるを得なくなった。 主に衣類だが、私物がどんどん梱包されていく。箱が積み重なり、部屋は初めて訪れたときのように整理されていた。懐かしいような寂しいような、例えようのない気持ちでいっぱいになる。 テロは甚大な被害と損害だったが、自分の計画に直接干渉してるわけじゃない。だが王室から離れるという意味で、ルネの方に計画を狂わされている。 「ノース、鍵も借りたから行こう。宿無し生活は嫌だろう?」 「俺は工場でも寝泊まりできる」 「これからは私が毎日食事を作るし、家事も全部やる。君のやりたいことを邪魔しないように心掛けるよ」 「……」 食事はともかく、家事のことは考えてなかった。掃除はどうにでもなるが、洗濯は面倒かもしれない。スーツが煤まみれになるのも嫌だし、やはり工場は無理だ。街の宿泊施設でしばらく過ごしてもいいが、それだとまた奇異の目で見られるし……。 諦めて、ルネと二人で新居(またの名を監獄)に行くことにした。天気は快晴、昨日の騒ぎが嘘のように街中は賑わっていた。もう出店が並び、大勢の人が買い物をしている。 「ランスタッドは相変わらず活気があるね。皆元気そうで良かった」 ルネは嬉しそうに微笑み、小さな子どもに手を振る。ルネに気付いた街の人が声を掛けてくるので、適当にはぐらかすのが大変だった。彼は「母国の問題が解決したので帰ってきたんです」、と平然と嘘をついていた。 「問題が山積みだからこんなことになったんだろ……っ」 大通りを抜けて小路に入ったとき、たまらず毒づいた。 途中途中でルネも買い物をした為、何故か自分まで荷物持ちにさせられている。 「良いじゃない。これから一つずつ解決していけば」 楽観的とも言えるし、考え無しとも言える。ルネの前向きな発想にはため息しか出なかった。 「ゆっくり話し合う場が欲しかった。でもそれをするには君に迷惑をかけることになるから……まさか引越しするとは思わなかったけど、今回のことは申し訳ないと思ってる。本当にすまない」 地味にきつい上り坂を、無言で進む。ここを上がると青々とした草原が広がり、街を見晴らせる丘に入る。風が吹く度に草々が揺れ、気持ちのいい音が鳴った。 いつもの移動量に比べれば大したことないのに、今日は何故か息が切れる。ルネより先に丘に上がり、片膝に手をついた。

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