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第30話

本来、人を癒す力は祝福されそうなものだ。羨望の的になってもおかしくないのだが、ルネはそうじゃない。 王族の中でも派閥があり、彼は周囲の人間に疎まれ、嫌がらせをされることもあったらしい。 じゃあ俺みたいに破壊することしかできない人間はどうなるのか、考えるだけでゾッとする。自分も幼い頃は力の加減ができず、手にした鎚をへし折ってしまうことがあった。けれど父や周りの職人は怒ることなくその場をおさめてくれていた気がする。 環境も抱えてるものもまるで違うけど、どこかに小さな共通点がある。もちろんそれだけの理由で惹かれたわけじゃないが、似た者同士だ。 だから彼を守ることは義務とすら思っていた。 「あれ、ノースがご飯作ってくれるの?」 「昼だけな」 木のまな板を置き、買ってきた野菜を切った。 悲しいことに腹が減っては戦はできない。いつの間にか姿を消したルネを呼びに、先程のテラスへ向かった。彼は室内にあったはずのミニテーブルと椅子を移動し、外で寛げるように設置していた。 「お前はここに住む気満々だな」 「例えちょっとの間だとしても、快適な環境にしておきたいじゃない?」 ルネは子どものように笑った。彼の順応性、またの名をポジティブ思考が本当に羨ましい。自分だったらそもそも使いにくい場所には寄り付かないだろう。 「飯できた」 「ありがとう、今行くよ」 今こそ素っ気ないことしか言えないが、昔はもう少し、こう……言葉尻も柔らかく付き合えていた。そうなりたいわけじゃないが、無駄に尖った語調になるのは何とかしたい。でもすぐに直るものでもない……。 頭の中で渦巻くもやもやを振り払い、この家で初めての食卓についた。まだ昼だが、ルネにはグラスとワインを用意してやった。 「美味しそう。いただきます!」 城でいつも豪華な食事をしているだろうに、ルネは美味しそうにバケットにかぶりついた。手で掴むしかないから仕方ないが、彼を知る外部の者が見れば驚くに違いない。彼は時々、平民以上に平民だ。 「お腹空いてたからいくらでもいけそう」 ルネは眉を八の字にし、コーヒーを口に含む。 「……城では自分で料理してたのか」 「うん。私が忙しい時はシェフに作ってもらってたけどね。オリビエもいるし、不摂生は絶対できないから」 「そう」 会話が切れる。言いたいことはたくさんあるが、このタイミングで言っていいものなのか……あとオチがないものばかりで憚られる。日常会話にオチを求めてるわけじゃないのに。 口を開いても言葉は出てこないので、バケットを無理やり押し込んだ。自分も久しぶりに、料理にがっつくということをした。行儀は悪いのに気分は清々しい。 「美味しいね、ノース」 「……あぁ」 食べ物に罪はないものの、ルネの笑顔は胃もたれしそうだ。なるべく視界に入れないようにして、皿に乗った二個分は完食した。 実のところ国の情勢が変わるより、自分の心が変わることの方が恐ろしいのかもしれない。 今燃え盛っている怒りや信念が段々灰になる。その時自分に価値はあるのか。これからも生きよう、と思えているのか。分からなくて、ただただ怖い。 空が薄紫に染まる頃も、気になって端末から軍部の連絡を確認していた。変わった動きは何もなく、とりあえず平和なようだ。 軍人じゃないんだから心配する必要なんてない。オッドにも言われたことだが、どうしても気になってしまう。 この不安が終わる日なんて一生来ない気がして、深いため息をついた。 大切なのは国と、一族と、……家族、だろうか。 キッチンに佇むルネを盗み見て、再びため息がもれる。一年離れていた家族に対して以前と同じ情はすぐには戻らない。時間が必要だ。 生まれも生まれ持った力も普通じゃない自分は、平凡な幸せを望んだこともなかった。望んだら罰が下ると思ったぐらいだ。 でも今取り戻しつつある。これもまた終わりを迎えるんだろうか。ルネが子どもを連れて出て行った時のように。 久しぶりに煙草を吸いたくなり、外へ出て火をつけた。遠くの雲が街を覆う要塞のように広がっている。対するこちらは雲ひとつなく、太陽も沈んで夜になろうとしていた。 夜は嫌いじゃない。白が映えるし、考え事が捗る。先人達の声も聞こえる気がする。 「ノース」 「ふぁっ」 くわえていた煙草を取り上げられ、思わず姿勢が良くなる。振り返ると、ルネが煙草を灰皿に押し付けていた。 「ここでは借りてる家なんだし、火の不始末があったら大変だよ。そうだ、ちょうど良いし禁煙にしよう」 「灰皿は元々置いてあったんだよ! それに外で吸う分にはいいだろ!」 「だーめ」 頭の中でありとあらゆる不満を並べ、彼と一緒にリビングへ戻った。部屋には良い匂いが漂い、食欲をそそった。昼が遅かった為、食べてからそれほど時間は経ってないが、問題なく腹に入りそうだ。 食卓にはルネの自慢の料理が所狭しと並んでいる。彼の母国の家庭料理もあれば、ランスタッドの定番料理もある。彼はウイスキーを取り出し、空のグラスを翳した。 「さ、食べて。煙草は我慢してもらうけど、代わりに今夜はたくさん飲もう!」

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