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第31話
規律と品格に重きを置く王族らしくない、だが地味に過ごす一般人にもなりきれない。どちらかに属すには半端な存在。
異質という意味では自分と同じ。いつの間にかダイニングに音響機器を設置し、王宮が好みそうな交響曲を流していた。出逢って間もない頃は煩わしいとすら思ったものだが、今は突然派手な曲調に変わっても気にならないようになった。
それよりルネの手料理を味わうことに集中している。自分でも作れるものばかりだけど、面倒だからとしばらく食べていなかった。華やかさはなくてもどれも懐かしく、ほっとする味だ。彼と出逢う前のことまで思い出しそうだった。
「あまりお腹空いてないかと思ったけど、食べてくれて良かった」
空になったグラスに酒を注ぎ、ルネは微笑んだ。その頬は先程より赤い。
彼は昔から顔には出るけど酒豪で、べろべろに酔うことはない。自分は逆で、どれだけ酔っても顔が赤くなることはなかった。故に酒量を越えても誰にも気付かれない為、帰り道に黒歴史を作ってしまった経験が何度かある。
苦い記憶を飲み下しながら、サラダの残りを二人分に分けた。
「お義父さんとお義母さんは何て言ってる? 別れろって言われてるなら、すぐにやるけど」
「何を」
「離婚の手続き」
間髪入れずに答える。ルネはわずかに眉を顰めたが、目が合う前に柔らかい表情に戻った。
彼の一挙一動が手に取るように分かる。無論、その裏に潜む激情も。
「君は私が嫌い、誰が嫌い、ってわけじゃないよね。今は目的を果たすことしか頭にない……その為には独りが都合が良いんだろう」
「分かってるじゃないか。そこまで分かってるならまたしばらく国に帰ってくれないか」
半分ほど口をつけたグラスに酒を足し、一気に飲み干した。
信じていた夫が子どもを連れて出て行ったことは、素直にショックだった。いつかはやり直したいと思う。でもその「いつか」は、自分の目的を果たした後で構わない。むしろ計画に支障をきたすものなら、傍にいない方が助かる。
王権を崩壊させることに反対のルネは、シンプルに障害なのだ。せめて口出ししてこなければ話は別だが、彼は全力で止めようとしてくる。
「バレないように上手くやる。お前やお前の国には迷惑をかけない。それでも、その……そんなに怒るのか」
「バレるバレない以前に、そんなことをしてはいけない」
彼は何度言っても理解できない子どもに呆れるように、行儀悪く頬杖をついた。
「極論すれば、君が恨んでいるのは過去の王族だ。ランスタッドを植民地のようにし、一族から技術を搾取し、過酷な労働をさせたことが憎いんだろう。それは分かるけど、今の王族は君達に友好的だ」
「主従関係だぞ? 強いて言うなら好意的、だ。昔より待遇が良くなっただけで、俺達はずっと力をむしり取られてる」
グラスを置いて睨めつけると、ルネは口を閉ざした。しかし納得はしていないようだ。
「王族が現れる前からランスタッドは平和で、誰かが取り締まる必要なんてなかったんだ。言っとくけど俺は陛下……いや、ローランドなんか大っ嫌いだからな!」
「こらこら。盗聴器でもかけられてたらどうするの」
「知るか! その時は受けて立つ!」
「駄目だこれは……」
豪快に酒を飲むノーデンスを一瞥し、ルネは深いため息をついた。気付けば瓶の酒は減り、三本目に突入しようとしている。
「大体お前だって!」
いつの間にか頬を真っ赤にし、ノーデンスは立ち上がった。
「口を開けば秩序のことばかり! 俺の気持ちはどうでもいいのかよ! 俺は……世界がどうなったって、お前と一緒にいるつもりだった。ずっと味方で、お前を守るつもりだったのに。そんなお前に出て行かれたら、後はもう王族を滅ぼすしかなくなるだろ!」
「だから何でそう突飛な話になるのかな……」
ルネはさらに頭が痛そうに、テーブルに置いてある酒瓶とグラスを端に寄せた。そしてまた酒を足そうとしたノーデンスの手を掴み、グラスを奪い取る。
「何だよ」
「今日は終わり。お酒はまた明日。ね?」
誰もが落ちるスマイルも、酔った相手には通用しない。ノーデンスは力ずくで振り解き、ウイスキーの瓶を持ったまま寝室へ向かってしまった。
「ありゃ。これは大変だ……」
戸締りと火の元だけ確認し、ルネは彼を追って寝室へ入った。元々はご丁寧にベッドが二つ離れて並んでいたが、昼間こっそりくっつけ、まるでダブルのようにしてしまった。幸か不幸か、ノーデンスはそのことに気付いてない。
「あ。先に言っとくけどお酒をベッドでこぼしたら承知しないよ」
「……」
不満げな表情を浮かべるも、彼は酒瓶をサイドテーブルに置いた。頬だけでなく全身が紅潮している。寝転がった拍子にはだけたシャツから胸が見えた。
ノーデンスは静かに囁く。
「……お前は寝ないの?」
蕩けた瞳を向けられ、思わず隣に座った。どうやら隣で寝ていいらしい。これは酔ってくれて良かった……。
「……ん」
彼はもちろん、自分も相当酒臭いと思う。
それでも堪えきれず、上から彼の口を塞いだ。
暗示だ。洗脳しようとしている。昔の彼に戻れ、と。
「ノース。……好きだ」
耳元で囁き、赤い耳朶を甘噛みする。彼はくすぐったそうに身を捩る。その隙にシャツのボタンを外し、白く引き締まった胸に手を這わせた。
二つの突起を指でつまみながら、口の中を蹂躙していく。ノーデンスは抵抗もせず、必死に息を吸っていた。
情事の間だけは、昔の彼に戻っているようだ。
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