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第32話

飲み込まれそうな薄闇の中、初めて会った時のことを思い出した。 閉ざされた世界で育った自分が第一に思ったのは、眩い明かりだ。 閤の前で待っていた少年は初めまして、と言った。彼は息を飲むほど美しくて、自分とは何もかも違う生き物なのだと直感していた。声をかけることすら烏滸がましいと思う、そんな世界のひと。 『ルネ様』 『ルネでいいよ。僕にも、君の名前を教えてくれないかい?』 地面を叩きつける大雨の中、無表情で頷いた。傘を差し出しても頑なに受け取らず、ずぶぬれになりながら名を名乗る。そして深く頭を下げた。 『お願いします。……どうか、助けてください』 弾かれている。 雨が窓を叩きつけ、唸るように風が吹く。外の木々は激しく揺れていた。 今夜が嵐だったとは、まるで知らなかった。せっかくテラスに置いたテーブルや椅子が心配だが、それは明日確認しよう。 それより今は、真下で身を捩る彼に集中したい。 「ノース、脚開いて」 「や……っ」 「開かないとずっとこのままだよ? 私はそれでも良いけど」 既に服は全て奪い取っている。脚を閉じていても彼の陶器のような肢体は眺められるので、然して困りはしない。むしろ無防備なつま先や太腿に口付け、外から愛撫するには最高だった。 何年経っても彼は美しい。それを自覚したらしく、ここ一年で相当なナルシストに変貌したが、夜の場ではすっぽ抜けるようだ。恥ずかしそうに身を縮めることがどれほどこちらを刺激するのか分かってない。 意地悪な気持ちで、閉じた両脚ごと上に持ち上げ、奥の小さな入口に指を添えた。そこは確かにぬれていて、ちょっと押しただけで収縮してみせた。 「可愛い。簡単に飲み込んでくれそうだね」 つぷ、という音と共に、自身の中指が彼の中に飲み込まれていく。一本入ってしまえば容易いもので、人差し指と薬指もゆっくり入れることができた。 「あっ……ひ、や……っ!」 ぴったり閉じていた脚が開き、今度は酷く抱きやすい格好になってくれる。中を掻き回す度につま先が跳ね、腰を突き出す体勢になった。 久しぶりのせいで、こちらも制御できてない。心も、体も。 「ノース……ひとりの間、どうやって慰めてたの?」 「知らな……」 「知らない? 君も男なんだから……その証拠にほら、真っ赤になってる」 泣き腫らしたような性器を摘むと、ノースは少女のように甲高い声を上げた。やはり彼はここが弱い。 「適度に出さないとイライラもたまるし、体調にも影響出る。昔一緒にやったじゃない。覚えてない?」 前を寛がせ、ルネは自身の性器を取り出した。 「擦り合わせ」 既に硬くなったそれを、ノーデンスのものとひと握りにして扱いた。今度こそ、彼は声にならない声を上げる。 「ルネ……! やぁ、熱……そんな、強くしないでっ」 「気持ちいい?」 「わ、かんない……からぁっ」 涙を流しながら腰を振る彼を、永遠に眺めていられると思った。また過去が脳裏に過ぎる。 ノースは昔から性的なことに疎く、また無関心だった。だからある日、ルネの方から彼に話題を振ったのだ。 『自慰?』 『うん。ここを擦ること』 まだスーツに着られてると言っても過言じゃないノースの股に、そっと手を添えた。彼はびくっとした後、可哀想なぐらい顔を真っ赤にした。 『ノースはちゃんとしてる?』 『それは……時々、だけど……ルネは?』 『僕もしてる。恥ずかしいことじゃないよ。男は皆しなきゃいけないことだから』 前をはだけさせ、彼の可愛らしい性器に擦り当てた。 一緒に擦ると気持ちいい。そう言うと彼は、遠慮がちに頷いた。 『気持ち、いい……ルネ……』 細くて華奢な彼を膝に座らせ、腰を揺らしてやる。溶けてしまいそうなほどぐずぐずになり、小さな嗚咽をもらす。ノースは、少女より少女らしい少年だった。 『ずっと一緒にいたい……離れたくないよ……!』 惹かれた速さで言うなら間違いなくルネの方で、ノーデンスに一目惚れをしていた。けど出逢ってからより縋り付いてきたのはノーデンスの方だった気がする。 『俺も。一緒にいたい……ううん、ずっと一緒にいよう』 誰に反対されても、誰からも祝福されなくてもいい。 彼の首筋に歯を立て、同じタイミングでイッた。 こんなに幸せな時間があるのだと、この時初めて知った。 初めて交わった日も忘れることはない。ようやく繋がれたんだ、と。嬉しくて、二人して泣いた。あれが遥か昔のことのようだ。今は別の涙を流している。 「んっ、うぅ……っ!」 長い律動ののち、ノースは胸を反らせて射精した。白い液体が彼の腹と、自分のものを汚す。ルネも遅れて射精した。 「上手くイけたね」 「くそ……っ」 行為は一緒なのに、心は随分遠い場所に置いてきてしまったようだ。

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