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第33話

片手を繋ぎながら、互いの腰を密着させる。ノーデンスの薬指で輝くリングをそっとなぞった後、ルネは彼を最奥まで貫いた。 「あああぁっ!」 悲鳴が閃光のように弾け、落下する。彼が自身の唇を強く噛んだ為、ルネはすぐさま彼の顎を掴んだ。 「大丈夫。動かないから、力を抜いて」 そう諭すも、彼は一向に力を緩める様子がない。仕方なく鼻を摘み、呼吸を奪ったところで口づけた。 鉄の味がする。騒がしい雨音に轟音、湿気。ただでさえシチュエーションは最悪なのに、酷い情事だ。 だがそれを始めたのも自分。最悪な時間に、妻を巻き込んだ。 夫婦の契りが消えないように願いを込め、ひたすら醜い行為に耽る。 自分も大概最低だ。ノースに偽善者と罵られても仕方ない。 けど、偽善者だとしても彼の傍にいたい。彼を独りにさせたくない。この想いが息絶えることはないだろう。 「ノース。私は……君を」 耳元で囁く。彼は快楽にとけた瞳を向け、一筋の涙を流した。 ◇ 「あああぁくそっ! いてぇ……!」 翌朝。ノーデンスは震える足腰のまま、やっとのことで正装に着替えた。 昨日の大雨が嘘のような天気だ。嵐は無事に過ぎ去り、気持ちがいい晴天が窓の外に広がっている。 しかし空の美しさと心は比例しない。腰に気を遣いながら階段を降り、怒りの元凶を捜す。 リビングにもキッチンにも姿がない。とすると洗面所の方だろうか。憎しみのアンテナをびんびんに張りながら家の中を回ったが、自分以外は誰もいなかった。 「どこ行ったんだ、あいつ……」 負傷(?)した妻を置いて何も言わずに出掛けるなんてどうかと思う。まだまだ怒りに荒れ狂うことができそうだったが、昨夜食べ散らかして汚れたテーブルが視界に入ってしまった。 「…………」 洗い物でもして一旦心を落ち着けるか。 家事は面倒だが、無心になれる貴重な仕事でもある。外では頭を空っぽにしてできる仕事なんてないからだ。 袖を捲り上げ、たまった皿を一枚ずつ洗っていく。汚れたテーブルを拭き、空の瓶を掻き集め、ゴミをまとめた。こんなもんでいいだろう、と納得できるまでは一時間以上かかってしまった。 スーツでやることじゃない。満足はしたものの、疲れがどっと溢れ出る。ため息混じりに腰に手を当てた。 本当にどこへ行ったんだか。外が静か過ぎることも助長し、急に不安になってきた。 「何だよ、もう……」 いないならいない方が助かるのに。……昨夜まで騒々しかったせいで落ち着かない。 なにか急用ができたとか? それか朝の散歩に行ってるとか。もしそうなら、独りで出歩いて大丈夫だろうか。こんなところに王族がいるとは誰も思わないだろうが、野盗に出会し襲われる可能性もある。彼の護身術はお遊戯レベルのものだった気がするし、もし相手が武器を持っていればひとたまりもない。 そもそも突然消えたり、突然現れたり。振り回される単純な自分にも腹が立つし、虚しい。 居るなら居る、居ないなら居ないで統一してくれ。……心配するのももう嫌だ。 崩れ落ちるように椅子に座ろうとしたその時、後ろからぎゅっと抱き締められた。 「おはよう、ノース」 「ルネ……!」 見覚えのある掌、ほっとする香り。振り返ると、昨日と同じ爽やかな笑顔のルネが立っていた。 昨夜のことを怒鳴るのもアリだし、いっそ戻ってこなくて良かったのに、と悪態をつくこともできる。でも何故か、咄嗟に出てきた怒りの矛先は自分でも信じられないもので。 「どこ行ってたんだよ! 何かあったのかと思って捜しただろ……っ」 彼の袖を強く掴み、思いのまま声を絞り出した。 ルネが呆然としていることに気付き慌てて手を離したが、もう遅い。彼は含みのある笑みを浮かべ、息が当たりそうなほど顔を近付けてきた。 「不安だった? 私を心配してくれてたのかな」 「あ」 違う、と言い返すと両の頬を優しく手で押された。 「不安な思いさせてごめんね」 ちゅ、と可愛らしい音が鳴る。避ける間もなくキスをされた。 これじゃ恋人というより子ども扱いだ。全力で抗議したいのに、……振り上げた手は彼の胸に収まり、熱い舌を求めていた。 「ンッ……ふっ……う、ん…」 ルネの舌が自分の舌を絡めてくる。ざらざらした感触すら気持ちいいと感じる……俺は馬鹿になってる。 朝からなんつーことをしてるんだ。理性を引き寄せて彼の肩を押したが、腰を掴まれて力が抜けた。 「久しぶりにやり過ぎちゃったかも。痛い?」 さっきまではズキズキと鈍い痛みを覚えていたのに、不思議と彼に揉まれても痛みを感じない。まさか快感が痛みを上回ったんだろうか。 「痛く、ない……」 「良かった。じゃあこれから毎晩しよっか」 「はあ!?」 とけきっていた思考が形を取り戻す。今度こそ手を振りほどき、彼の問題発言に突っ込んだ。 「できるわけないだろ! 死ぬわ!」 「はは、冗談だよ。でも優しくするし、二人だけで過ごすことなんてこの先しばらくないだろうし。改めて愛を育まないとね」 愛、という言葉に本気で鳥肌が立った。 「気持ち悪いこと言うな……あっ!」 彼の指が服越しから尻の中央をなぞる。ゆっくり下へおりて、奥に突き上げてきた。 「ノースは本当、体は素直だよね。可愛い」 「あっ、やっやめろ……っ」 声が上擦るせいでさっきまでの威勢に戻れない。仰け反り、つま先立ちするような体勢になってしまう。 「やぁ……下着汚れる、から……!」 「え? ぬれちゃった?」 優しく前を触られる。でもそこはぬれてないと思う。どちらかと言うと、彼に押された後ろの窪みが心配だ。 「馬鹿! 馬鹿馬鹿馬鹿!」 怒りと羞恥心で彼を突き飛ばした。人は本当に恥ずかしい時、陳腐な言葉しか出てこないらしい。ルネを押しのけて自室へ戻ろうとしたが、再び腰に痛みを感じて蹲る。 「ノース! 大丈夫……!?」 お前のせいだろうが……と突っ込む元気ももうなかったので、這いずるようにソファの座面に凭れた。 「やめろっつってんのに……お前ヤることしか考えてないのかよ……」 「ごめん。久しぶりだし……ノースが可愛過ぎて」 ルネは隣にやってきて、同じように床に膝をついた。 「俺の何が可愛いんだよ。めちゃくちゃ口悪いし。……こんなに、お前に冷たくあたってんのに」 視線を下に移し、彼に背を向ける。今の自分は最高にかっこ悪い。そして惨めだ。 感情のまま子どものように喚き散らしたりできるのは、ルネを信頼してるからだ。何をしても許されると思ってる。甘えてしまっている。 自覚している“それ”を見透かされたら……さすがのルネもドン引きだろう。半泣きでソファに顔を沈めると、ふいに頭を撫でられた。 「確かに、何でかな。今までが素直過ぎたからなのか……。素直じゃない、我儘な君がすごく新鮮なんだ。可愛くて可愛くて、どうにかなってしまいそう。可笑しいね」

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