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第38話 王子と商人

「だ、か、ら! 腰が痛いのはお前のせいだろうが!」 「それとこれとは話が別。ノースは洗濯物はいつも放ったらかしだったじゃない」 再出発の同居生活、奇跡の五日目。またもや新たな問題で口論が勃発した。最初の甘ったるい台詞や雰囲気はどこへ行ったのやら……自分とルネの間に喧嘩のネタは尽きない。 自分としては使ったタオルを洗濯機に入れただけなのだが、……溢れそうなほど入ってるのを無視したのがいけなかったか。 「一回手を拭いただけのタオルとか、大して汚れてもない服をばんばん洗濯機に入れて。それで洗ってくれるなら良いけど、そのままにしてるから洗濯物がたまって大変なことになるんだよ。大家族じゃないのに一日に何回洗濯機を回せば良いんだい? 水道代だってかさむし」 「金は俺が出すよ。だからいいだろ」 「お金の問題じゃない。私が言いたいのは……」 「あーっ! もういい! もうやめてくれ、そういう重要度の低い話で俺を怒鳴りつけるのは!」 「とっ…………ても重要な話をしてる。怒鳴ってないし、むしろ君の方が叫んでるし……とにかくちょっと座りなさい」 椅子を指さされ為、ノーデンスは大人しくそこに座った。 朝食後、腰の痛みもありいつもよりまったり過ごしていた。その後はリビングの模様替えもしたし、散らかった服を拾って押し入れに押し込んだりもした。個人的には働いたつもりなのだが、ルネに呼び止められ現在に至る。 「昔からノースは食事の準備や物の修理はしてくれて、それは凄く凄く感謝してるよ。でも洗濯とか掃除とかは一切手をつけないよね。掃除機で掃除してくれるのも本当に有り難いんだ。でもどうせやるなら掃除機にたまったゴミまで捨ててほしい……見事に中途半端なところまでしかやらない、って言うの?」 「文句言うなら何もやらない。それでも良いのか?」 「何で脅す方向にいくのか分からないけど、ちょっとずつ身に付けていこうよ。また三人で暮らした時に大変でしょ?」 ルネは手元の置き時計を優しく拭き取る。 「ふん! 果たしてそんな時が来るかな」 結局、こいつだって俺を脅してるじゃないか。生活態度を改めないと息子を返さない、と暗に言っている。 ていうかそんな責められなきゃいけないほど俺の生活態度は悪いのか。城では何も言われないから知らなかった。 「洗濯物を出しすぎない、だろ。たまったら洗う。洗い終わったら干す。掃除機は使ったら中も片付ける。これでいいか?」 「もちろん! 一回で覚えられて偉い偉い。さすがノース、十年に一人の天才だ」 ルネは無邪気な笑顔で拍手した。百年に一人の逸材と言っても過言じゃない俺だけど、そこは大人気ないし黙っておこう。 「あ、そろそろ食料の買い出しに行かないといけないんだ。一緒に行く?」 「街か。まぁお前だけじゃ心配だし、ついていくよ」 ルネが買い物袋を用意してくれたので、二人で外へ出る。そういえばここへ来た時以来だ。家には既に野菜等の食料がいくつかあったから、これまで買い出しに行かずに済んだ。これからはもっと頻度が増えるだろう。 「また私のボディガードか。いつもすまないね」 「別に。王族と一緒になった俺の責任だしな」 ルネを守ることは責務で、大事な任務でもある。ルネの存在自体が、ランスタッドとヨキート王国の架け橋でもあるのだ。今後も良好な関係を築く為に、自分は働かないといけない。まぁ一年もの間音信不通で別居してたけど……。 「ノース。少し落ち着いたら、一緒にヨキートへ行こう。そしてオリビエに会おう」 「何だよ。今度はご褒美作戦か?」 「そうじゃない。私も早く三人で暮らしたい。……ただその前に、君を変えた原因を突き止めないと」 「はぁ?」 彼の話が理解できずに眉を寄せる。しかしルネは俯き、再び黙ってしまった。 ずっと感じていたことだが、ルネは自分が知らないことに頭を悩ませている。それを話してくれればことが収まりそうなのだが、尋ねると上手い具合にはぐらかしてくる。これでは打つ手なしで、何より問い詰めるのも面倒くさい。彼から話してくれるまで、その件は触れないことにした。 「おっ。今日は魚が安いんじゃないか」 市場が近い為、朝に捕れた新鮮な魚が並んでいる。訪れている人も多く、テロ事件を忘れるほど活気に溢れていた。 「魚は最後にしよう。先に野菜とか、あと必要なものね。洗剤ももうなかったし……」 ルネの生活力は大したもので、王城での暮らしが長かったのに機転が利き、思わぬ知識を持ってたりもする。 今日も買い物だけして家に帰るかな……。 遠くに聳え立つ城を眺め、ため息を飲み込む。各々上手くやってくれてるんだろうけど。 「あっ、ノーデンス様。ルネ様もご無沙汰しております。良かったらこれ、持っていってください」 たまたま会った八百屋の男性が、大量のトマトを渡してくれた。 「わ、こんなに貰えませんよ」 「いいんです、今年は豊作でしたから。これから王城へ? それとも工場ですか?」 彼の問いかけを受け、思わずルネの方を見る。彼は少し考える素振りをした後、「工場です」と答えた。 「じゃ、今日は暑いからお気をつけて!」 「ありがとうございます。なにかお手伝いできることがあればいつでも言ってください」 二人で軽く頭を下げ、トマトが入った袋を持った。食べたいが、白スーツに飛んだら悲惨だ。ルネなら大丈夫そうなので、一個手渡す。 「なぁ。……その……」 「工場に行こうか。私も、ランスタッドに来てから一度もご挨拶に行ってないし」 こちらの言いたいことを察したように、ルネは笑いかけた。方向を変え、市場と反対の更地へ歩みを進める。 「良いの?」 「もちろん。と言うより私の方がお願いしたい。君の一族は、私の親戚と同じなんだ。私の一族も君の親戚だし、遠慮する必要はないよ」 以前ランスタッドで暮らしていた時は、ルネも何度か武器工場に顔を出していた。特に何をするでもなく、差し入れだけしてノーデンスの仕事を見学している様子だったが。 自分が一番心配しているところへ行こうと言ってくれた、そのことは本当に嬉しい。 「……ありがとう」 「お礼を言われるようなことじゃないよ。彼らは君の家族なんだから」

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