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第43話
ルネとぶつかったあの夜から、確実にぎくしゃくしていた。
そうさせたのは間違いなく自分だけど、あの程度の衝突なら今まで腐るほどしている。今さら空気が悪くなることなんてないと思うが……。
「すみません、はっきり言わせていただきます。確実に、ノーデンス様が、悪い」
工場で久しぶりに顔を合わせたオッドはノーデンスを諌めた。
「やっとまた二人で暮らせるようになったのに! 毎日そんなトゲトゲして、本当にルネ様に愛想を尽かされても知りませんよ!?」
仕事中の職人達の前でプライベートな話をするわけにもいかず、工場外の裏路地に入る。ノーデンスは煙草を取り出したが、瞬時に取り上げられてしまった。こいつめ。
「あのな、別に喧嘩したわけじゃないぞ。ただちょっと会話が続かないだけだ」
オッドは深いため息をついた。
「ルネ様はお優しいですよ。そして寛大です。ノーデンス様が何を言っても何をしても、これまでは許してきたんだと思います」
「そんなことない。夜逃げしただろ」
「まぁそれは置いといて……いやそれもひっくるめて、ノーデンス様の横暴に耐えかねたから、だとしたら?」
オッドは目を眇め、人差し指を宙に突き立てる。
「今回は怒ってるというより、傷心されているんじゃないでしょうか。貴方に拒絶されて、今まで抑え込んでいたものが弾けた……とか」
「今さらぁ?」
「だから、今さらじゃない! 今、まで、耐えてたんですよ!!」
普段と違う、鬼気迫る彼の様子に思わず口を噤んだ。
なるほど。積もり積もって、というのは分かる。堪忍袋の緒が切れたんだな。でもルネが帰って来てから、俺もそれなりに振り回されてる。
「俺も振り回されてる、なんて思ってるならルネ様との関係はもっと拗れていきますよ」
こいつはこいつで俺の心を読みやがって……。
こういう時のオッドの勘の良さ、洞察力は目を見張るものがある。それをもっと仕事で活かしてくれ。
「そもそもノーデンス様は、そんな夜中にどこへ行こうとしてたんです」
「…… 散歩!」
「はぁ……とにかく今回は、伝え方が悪かったんですよ。もっと穏やかに、優しく伝えればいいんです。思い出してください、昔のノーデンス様は穏当でとても優しかったですよ。あっいや、今が優しくないとかではなくて」
オッドは慌てて口を手で覆うと、なにかもごもご言いながら工場の中へ戻っていった。
確かに俺も否定的で、かなり冷たく対応していた。
かろうじて繋がっていた最後の糸を切ってしまった可能性は大いにある。
帰ったら、いつもよりちょっと優しくしよう。難しいことじゃないはずだ。
しかし優しく、というのは具体的にどうしたら良いだろう。まずは言葉遣いを直すか、それより語調を和らげるべきか。家事全般引き受ける……というのはちょっと見え透いたご機嫌とりだろうか。
頭を抱えながら仕事へ戻った。最近全く手をつけられなかった、鋼材の増強に取り掛かる。自分の背丈の二倍はある鋼材の山をいくつも回り、使えそうなものに力を注ぎ込む。職人達に渡せる量ができた頃にはすっかり日が落ち、工場は闇に包まれていた。
最後に残っていた職人が頭を下げ、家族が待つ家に帰って行った。
小さな鉱石を拾い、電球の下に翳す。武器には使えない石ころだが、光沢のある部分が時折褐色に、きらきら光る。
動かしてみると美しさが分かる。角度を変えないと気付けない。石も人と同じだ。
「帰るか……」
石を握り締めたまま、工場の入り口へと向かう。その途端目眩がして、一旦足を止めた。そのまま歩き続けたら倒れそうなほど強烈な目眩だった。
おかしいな……。いつもより気合い入れ過ぎたか?
近くに手をつける場所がない為、その場に膝をついた。
早く帰りたい時に限ってこんな……加減を間違えたから自業自得か。
オッドに言われたことが頭の中で反芻する。もし本当にルネが自分を見限ったなら、今は家にもいないかもしれない。また自分の前からいなくなるかも。
それは……やっぱり、色んな意味で嫌だな。
苦笑しながらその場に倒れる。起き上がる気力もなくて、まだ視界が回っていた。
ルネが怒って、自分から離れていったとしても……せめて謝りたい。恥ずかしいけど、いつもごめん、って。
子どもの時なら言えたこと、毎日言っていたこと。何度も心の中で練習して、視界は真っ暗になった。
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