44 / 98
第44話
このところは食べて寝て、家事をして、という省エネな生活を送っていたせいか、だいぶ気が抜けていたようだ。
反省している。ノーデンスは木目調の天井を見つめ、ベッドにぼうっと横たわっていた。
数日休養していた為、少し動いただけで関節が鳴る。脚を床に下ろすと引き攣った痛みが走るし、まるで老人になった気分だ。
しかし元気にならなければいけないのは体より心の方かもしれない。夜のせいもあるが、生憎何もする気がしない。
さらに自分の記憶も頼りない。武器工場で倒れて気付いたら自宅のベッドにいた。
目を覚ましてからも知り合いが代わる代わる物資や食事を用意してくれ、申し訳ないやら情けないやらで涙が出そうだった。こういう時は人との繋がりに感謝が止まらない。いつも孤独に生きてる気がしていたけど、実質生かされてるんだ。
ただ……介抱されるその間で一番気になった存在は複数の影の中に見当たらなかった。いつもなら誰よりも近くにいて、自分を揺り起こすはず。不思議に思いながら寝返りを打った時、真隣にいた存在に息を飲んだ。
『皆驚きましたよ。ノーデンス様が倒れた日、ルネ様も自宅で倒れたんです』
昨日の夕方、見舞いに訪れた職人が心配そうに零した。
『夕方頃、患者さんを診療中に倒れたそうです。不整脈だったのですぐ医師を呼んで、今は落ち着いてるんですけど……目覚めてもすぐまた眠ってしまわれるから、ノーデンス様と話せない状態が続いちゃって』
『そう……』
『ルネ様なら大丈夫ですよ。それよりノーデンス様も無理がたたって倒れたんですから、ご自愛くださいね』
優しく叱咤され、夜を待った。また寝てしまったようだが、ノーデンスが目を覚ましてもルネは起きなかった。
本当に大丈夫だろうか。気にしない、というのは不可能だ。ベッドはひとつで、彼はずっと自分の隣に眠っているのだから。
「ルネ……」
寝巻きのまま彼の頬を撫でる。微かに寝息が聞こえることに安堵し、しかし目を覚まさないことに落胆している。
いやいや、病人を起こすなんて以ての外だ。彼が自然に目を覚ますまでいくらでも待とう。
幸い必要なものは周りに揃っている。見舞いに来てくれた城の者や町人達が、あまり動かずに済むよう食べ物や着替え、水を準備してくれた。
タオルを桶の水に浸し、力いっぱいしぼる。ルネの火照った額に乗せ、小さなため息をついた。
熱があるというほどじゃない。眠ってるから体温が上がっているだけだろう。それでも窓を開け、通気性を良くした。
あれほど無理するなって言ったのに。結果として周りの人にも迷惑をかけた。これは怒ってもいいことだ。
そして自分も……ルネに言っておきながら豪快にぶっ倒れた。惨めで滑稽で、夫の限界に気付けなかった最低な人間だ。
もっと早くに帰れば良かった。いやそもそも、仕事に行かずにルネを見守っていれば良かった。後悔と憤りが波のように押し寄せ、また遠ざかっていく。
仮に彼の傍に居たとしても、それを見抜く余裕が自分にあっただろうか……。
「駄目だな。何もかも……駄目な妻」
“夫”でも、呼び方は何でもいいんだけど。どちらにせよ人生のパートナーとして名乗るには酷い。
何回怒っても何回謝っても足りない気がする。薬指にはめた指輪を撫でながら、開け放した窓の傍に寄りかかった。
風がわずかにルネの前髪を揺らしている。逆の立場だったらすごく嫌だけど、彼の寝顔は永遠に見ていられる気がした。
何歩か踏み出し、ベッドの前に屈む。そして彼の頬に口付けた。
喋らないと分かっているからこそ縋ってしまう、自分がの弱さに笑ってしまう。
「起きて……」
彼が目を覚ましてくれるなら明日も怖くない。でも目を覚まさないなら明日なんて来てほしくない。
こう思えるほどには「昔」に戻っている。
ともだちにシェアしよう!