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第46話
人は誰かに好かれたとき自信がつくものだと思っていたけど、自分の場合は削り取られている。ルネのことは好きだし、叶うならこの先も一緒にいたい。けど王族に見合うような価値が自分にないから、彼といる限り一生劣等感を抱えて生きていくことになる。
それを思うと眠れない夜もあったけど、朝彼が会いにくると全部どうでもよくなった。
単細胞な自分に苦笑する。本当は目も当てられない醜い感情が渦巻いていることを悟られないよう過ごして。
何をしても何処へ行っても彼が笑わせてくるから、そこまで苦労しなかった。
「……ノース」
風に吹かれたような感覚がして、重い瞼を開ける。頬から頭へ移る掌……その先を見上げると、微笑むルネがいた。
「大丈夫? 一晩中そこにいたの?」
優しく頭を撫でながら、彼は困ったように床を指さした。ノーデンスは床に座り込み、ルネのベッドに上半身を預けながら眠っていた。
眠る前の記憶が曖昧だが、少しでも彼の近くにいたいと思って移動したことは覚えている。それはいいが、夢の中で幼さを残した彼と喋っていたせいか、目の前の成熟した青年と中々結びつかない。
現実に戻れず呆然としていると、今度は唇をなぞられた。
「何だろう。今すごく君にキスしたい」
「……」
嫌というほど目が覚めた。彼の手を払い、近くの椅子に掴まりながら立ち上がる。
ずっと同じ体勢で座っていた為節々が痛むので、手足を伸ばしてベッドに腰を下ろした。壁しかない前を向き、視線だけ横へ移す。
「何か訊きたいことはないのか」
「え? ええと、色々あるけど……君にも、また迷惑かけたね。本当にすまない」
「別に。俺はお前の看病は一切してないし」
視線を前に戻し、前に屈む。
「俺も今まで倒れてたから」
さらっと告げたつもりだったが、ルネは血相を変えてノーデンスの肩を掴んだ。
「倒れた……って、いつ? 大丈夫なのか!?」
表情や声音だけでなく、口調も少し変わったせいで狼狽する。とは言えすぐに持ち直し、彼の肩を押し返した。
「見ての通り、もうピンピンしてるよ。倒れたのは同じ日だけど、俺は昨日目を覚ましてるし」
安心させるつもりで言ったのに、彼の顔色はさらに暗くなった。
「君が倒れた時に駆けつけることができなくて……最低だね」
ルネの手が静かにシーツの上に落ちる。思わず顔を背けると、この場の空気と正反対に朝の陽射しが植物を照らしていた。自分達が寝ている間、誰かが水をやってくれていたのだろう。どれも土は乾いた様子がなく、葉は鮮やかな緑色をしている。
「俺も最低だよ。街の人達が色々持ってきてくれてたみたいだから、今度お礼をしに行かないと」
呆れながら言うと、彼はすぐに頷いた。
「しばらく……治療は休むよ。皆を治す為にやってたのに、こんなことじゃまた迷惑をかけてしまう」
ルネは膝に掛かっていた布団をよけて、近くに置かれている水や果物を一瞥した。
「困った夫婦だね」
「ほんと。まぁ……今に始まったことじゃないけど」
ついだらだらと話してしまったが、彼に言いたいことがある。しかしそれがすんなり喉から出てこない。
腕を組んで天井と床を交互に見ていると、ルネは首を傾げた。
「ノース、やっぱりまだどこか辛いんじゃ……」
「違う。……俺はここで目が覚めて、隣で寝てるお前を見た時びっくりしたんだ。お前が体調を崩したのは俺のせいかもって……思って」
額を手で覆い、抑え込んでいた恐怖を少しずつ吐き出す。彼を失うかもしれないという不安、悲しみ、それら全てをここでさらけ出したかった。
「あの日の前日、お前に強く当たっただろ。てっきりそのせいかと」
言った途端、ルネは可笑しそうに吹き出した。
「おまっ……何で笑うんだよ!」
「えー、でもそれは笑うよ。突き放されたショックで倒れるって、私はそこまで心弱くないし」
彼はぬれた目元をぬぐい、再び笑った。
「今はもう、突き放されたって離れないし?」
「たまには離れろ」
素っ気なく答えるも、肩はずっと触れている。
ルネが聴き取れるよう、精一杯声を大きくした。
「頼むよ。お願いだから、……もう無理しないで」
情けないし恥ずかしいけど、何とか言えた。このひと言を絞り出すのに毎度命がけだ。
「お前がいなくなった時のこととか考えられない。考えたくない。再会する前はそんなこと全然なかったのに、寝てるお前を見たら手足が震えて、息が苦しくなった。……怖い」
「ノース……」
心のどこかでずっと一緒にいられると思っていた。彼の強さに甘えていた。
「俺は医者じゃないから、お前が倒れた時に助けてやれない」
「大丈夫だよ。君の言う通り、これからは無茶しない。まだ死ぬわけにはいかないからね。大切な妻と子どもがいるんだから」
上半身を引き寄せられ、唇を塞がれる。
結局ルネの願望が叶ったことになるが……今は自分も安心していた。彼から与えられる熱が、泣きそうなほど嬉しい。
彼が生きてる。それだけで胸がいっぱいだ。
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