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第30話 過去

「いいよ。礼於は私だけの礼於だから。どんな礼於でも愛してる。」  傑に抱かれると身体中の力が抜けてしまう。 「傑、抱いていてね。離さないで。好き。大好き。」  礼於が傑の髪を触る。二人だけの時間。 「傑も昔の恋人とか、思い出す? 忘れられない人は、いる?」  礼於の頭を撫でながら、ハジメの事を考えてみた。今はもう、辛くない。あんなに思い詰めた、誰よりも好きな人だったハジメ。他の人を愛した事は無い。ハジメの腕、たくましい肩、たまに抱きしめて口づけをした。自分なのだ。自分を愛しているようなもの。他の人は誰も愛せなかった。ハジメとセックスした事は無い。それは超えてはいけないと、お互いに,戒めて来た。  たまにあの倶楽部でプロを見つける。セックスだけをする。心はいらない。経験はそれなりにあるが、愛を込めて抱いた事は無い。ある意味、礼於が初めてだったかもしれない。愛を知る。  いい年をして、恋愛には初心(うぶ)なのだ。礼於が愛しい。他には誰もいらない。ハジメさえ、もういらない。 「礼於。」 「なぁに?」  この唇を誰かが塞いだ事がある。当たり前の事で心がざわつく。こんな感情を持て余す。  美しい礼於の顔。切ない。  その夜,店を開けると礼於のホスト時代の同僚が二人、入って来た。一度来た事がある、淳と零士だった。 「いらっしゃい。どうしたの? ディアボラ、営業してるんでしょ?」 「うん、それが、今酷いことになってるの。 みんな困ってる。礼於に聞いてもらいたくて。」

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