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第62話 藤尾さん

 深谷の刺し傷は幸いにも浅く、藤尾の懇意にしている医者に往診を頼んだ。怖いのは感染症だ。刃物に付いた細菌やウィルスによる汚染、が致命傷になる事は、意外と多い。  救急車や病院を使えない事情のある場合に備えて、裏社会の医者がいる。  キチンと治療して治るまで、深谷は遠慮ながら、藤尾の家に泊まっていた。藤尾の命令だった。  刺したガキは、たいした傷でも無かったので、そのまま帰した。また狙ってくるかも知れない。 いや、また、狙わせるのが目的だ。今度はもっと上の奴が尻尾を出すだろう。  藤尾の周りは、もうしっかり固められている。目立たないが一瞬のうちに警備の包囲網が敷かれている。  深谷も治りきらない内は自由にしてもらえない。何故か、藤尾が張り付いて、いたれりつくせり、なのだった。 「集蔵さん、もう、自分、治りました。大丈夫です。」 下の名前で呼ぶ仲になっている。 「ダメだよ。名都(めいと)。全快するまでダメだ。」 藤尾も名前を呼んでいる。フルネームは深谷名都(ふかやめいと)というらしい。  そばでずっと看病していた藤尾が、すっかり世話女房のようだ。  ある感情が芽生えたのを藤尾は感じている。しかし残念ながら一線を越えられない。 (何だ、この気持ちは? 俺が男に惚れるなんて有り得ない。 名都は弟のように可愛いだけだ。) 随分デカい弟だ。背が高く筋肉質で、しかも傷だらけの身体は堪らなくセクシーだが、それを認めたくはない。

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