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第94話 バー
バー高任。いつもの暮らしに戻って来た。
礼於は、さっきからカウンターの中で、カクテルを作る傑の指先を見ていた。
シェーカーに氷を入れて、テキーラを量る。コアントローを入れ、ライムジュースを絞る。
そしてリズムよくシェーカーを振る。傑はあまり、オーバーアクションにならないように、セーブしてシェーカーを扱う。フレアバーテンダーではないのだ。曲芸のようなパフォーマンスはいらない。
縁を塩でスノースタイルにしたカクテルグラスに注ぐ。マルガリータだ。
その流れる作業を見ているのが好きだ。あの長い指で、いつも愛してくれる。
(そんな事を考えてたら傑に叱られそうだ。でも、あのゴツゴツした長い指が好き。)
「礼於もシェーカー振ってみるか?」
「ううん、やめておく。見てる方がいいもん。」
お客さんもあまり多くない。のんびりしたバーだ。傑はそれでいいと言う。
バーは本来、静かにゆっくりお酒を味わう所だ。マルガリータを頼んだ客も、帰った。
「いらっしゃい。」
ドアを開けてミカドが入って来た。あの倶楽部の男娼。男娼と言っても客を選り好みする。高嶺の花だ。この前、久しぶりに倶楽部で会ったから、思いついて来たのか。男と一緒に入って来た。
「あ、ミカド。いらっしゃい。よくココがわかったね。」
「小鉄に聞いて来たの。今日は私のお得意様を連れて来たの。」
「なんだ、俺はただの客かよ。恋人とか呼べよ。」
「ははは、ごめんなさい。客じゃなかったら財布と呼ぼうかしら。」
「ミカドはいつもこれだよ。俺の専属になれよ。」
礼於がおしぼりを渡して唖然としている。
「礼於、礼於、ダメだよ。ジロジロ見てはいけない。」
小さな声で傑に嗜められた。
「可愛いお嫁ちゃん、私を覚えている?」
「はい、あの倶楽部でお会いしました。」
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