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第119話 ロジの仮説

「これは私の憶測に過ぎないが・・。 『奥』の存在はあり得ないんだ。物理学に反する。私の学問が根底から覆る。  倶楽部に通う内に、私はパラドックスに陥ってしまった。  存在を証明出来ないのに存在する。どんな数式を並べても、解に辿り着けない。辿り着けない数式はもちろん他にもあるが、身近にあるとモヤッとする。」 ロジは話しにくそうに言った。 「例えば、倶楽部のVIPルーム、あの奥には見える範囲以外に空間はない。  奥、は存在しないんだ。 でもご老人は 奥、に帰って行く。」 ロジは続ける。 「シュレディンガーの猫か?  誰にも見えないがそこにいる。  物理学的実在の、量子力学的記述が不完全である、と説明するように、思考実験で説明出来るのか?  藤尾さんは 奥、の事、ご存知だったのですか?」  ロジはあの倶楽部では古参会員の方だが,ただ秘密を守って男と遊べる、下品にならない稀有な場所として利用していた。  ある時、自分の個人情報が委細漏らさず記録されているのを知って、不愉快になったのを覚えている。あまり、細かい事は気にしないロジは、知られて困る事などない、と開き直って倶楽部を辞めないで現在に至る。  個人情報とは何か? 不正利用されると困る銀行口座か、暗証番号か、その他諸々、個人情報を知られたく無い理由はたくさんあるが、自分の事だとどうだろう?  ロジは自分の性癖も隠していない。私生活もオープンだ。  日本人は、秘すれば花、という美しい考えがある。何でもかんでもオープンにすればいい訳ではないが、ロジは、おおらかだ。

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