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第137話 ロジの講義

「礼於は、人の存在が丸ごと消えた、と思うんだね。」 「そう、僕は確かにその人とお話もしたし、その場には傑もお客さんもいたのに、みんな知らないって言うんだよ。」 「それは、[物理領域の因果的閉塞性]で議論される事もある。心の因果作用を議論するに際して量子力学の確率過程が問題となってくる場合において、だけどね。」 「あのぅ、もっとわかりやすく説明して。」 「今言ったのは、学問は突き詰めて考えると、実は何一つ,答えに辿り着いていない、って事。ある意味何でもありなんだ。  何事も、痛快に答えがわかってスッキリするのは、物事の初めの頃だけだ。複雑になるとキチンと答えが出る方が稀だ。  例えば素数って知ってるよね。1とその数自身しか約数がない正の整数。  簡単に思えるけど未だに答えは出尽くしてはいない。大きな数の素数を世界中の数学者が探し続けている。ものすごい桁になってもまだ素数は見つかっている。  ところで前にここに来た時、話したね。 『奥』の存在の事。傑が明解な解釈をしていた。 必要な時だけ存在するんだ、という。変かな?」  ミトも礼於も納得はしていない。 「答え合わせは出来ない。答えが出ていない。 じゃあ、存在するのか、しないのか?  あの時ミトが、有る,って何?無い,って何? と訊いたけど、私が言えるのは、答えは出ていない,ってことだけだ。観念的で悪いね。  状況に応じて言葉は使われる。いくつかのデータに基づいて解は導き出される。  言葉単体で答えるのは、芸術の領域だ。アリストテレスの形而上学が、数学ではなく、哲学だ、というのは非常に示唆的だ。存在論に繋がっていく。  ミトと礼於が納得出来ないのは、存在の抹消、なんて事が、あのご老人に出来てしまうのか?という事だね。」

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