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第150話 アイレイ
風が吹いている。また、ここに来た。また、一人だ。一面に広がるピートの原野。
家を出てから一年近くが過ぎた。夏の終わりにはヘザーの花が咲き乱れる。
一人で風に吹かれていると、礼於が恋しかった。前に来た時はハジメを想った。あの頃は淡い想いだった。
今は違う。狂おしいほど募る想いは、全て、礼於、なのだ。会いたい。礼於なしで、今までどうやって息をしていたのだろう。日々想いは募る。礼於なしでは息も吸えない。
礼於の笑った顔、何度も思い出している。
少しクセのある柔らかい髪。愛してる、と抱きついてキスを強請る可愛い顔。困った時の不安な顔。傑を信じて全てを任せる安心した顔。嬉しそうな顔。もちろんセックスでイカせた時の切ない顔。全部愛してる。何故、日本に置いて来たのか、自分の愚かさに震える。
毎日のように思い出を引っ張り出して並べて、
虚しさにのたうち回るのだ。
礼於を傷つけた。わかっている。もう礼於を欲しがる権利は無い。
時が忘れさせてくれるだろう、と日本に全て捨てて来たつもりだった。
置き忘れている感じが拭えない。いつも、足りない,足りない、と探してしまうのは礼於。
日々、自分の愚かさを呪っている。
「スグル、この頃ウヰスキー作りに身が入らないようだね。」
ハウスマンのジンジャーはいつも変わらない態度で接してくれる。もう嫁さんを世話する、とは言わなくなった。傑がゲイだとカム・アウトしたからだ。
「今夜飲みに行こうぜ。」
「オーケー。」
島のバーで飲む。
今日はシャレのつもりでカクテルを頼んだ。
「ハーベイ・ウォールバンガーを頼む。
壁に頭をぶつけたい気分なんだ。
自分の馬鹿さ加減に呆れるよ。」
「なんでそんなに荒れてるんだ。」
「大切なものを無くしてしまったのさ。」
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