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クーデターの日 3
今生の別れのように、両眼に光るものをたたえた青年の姿は、アルヴァの心をわずかに抉った。
謙虚で聡明な心優しい王子。セフェリノは王太子として認められ、次代の王となることが約束された身分だったが、容姿にも精神面にも、まだあどけなさを残している。
成人したとはいえ、セフェリノは十八歳だった。
アルヴァは騎士として洗礼を受けた十年前から、彼の傍に仕えている。
当時はアルヴァもまだ十六歳であった。小さな少年だった頃より成長していく姿を見ていた。主従関係でもあり、兄弟に近しい感情さえいだいている。
本当に、今生の別れになるかもしれない。
戦場へ赴き、兵としての働きを求められる者であれば、その覚悟は常にあった。
今まで生きて干戈をくぐり抜けられたのは、武芸をきわめてきたからでもあるが、運が良かっただけともいえる。どんな時にも不測の事態はある。
これまで一度として命を惜しんだ憶えはない。騎士を志したときから、自己の全ては主君に捧げられているのだ。
副隊長であるローレンと合わせた手筈通りに、選び抜いた精鋭兵と合流した。
アルヴァは部下である騎士たちの顔をくまなく見やる。
浮かんでいるのは緊張感に引き締まった表情だった。彼らの目が、腹を決めた雑念のない真っ直ぐな視線で統率者たる隊長の姿を見つめ返していた。
その中から一人進み出た騎士が、アルヴァに大振りの槍を手渡した。
「行くぞ」
受け取った得物を握り直す。
鋒が鋭く振り下ろされ、乾いた空気を切り裂く重々しい音が騎士達の耳を打つ。
黒毛の腹を蹴り、馬首を巡らせる。風をはらんで広がる鮮紅のマントをさばいて、戦火に向けて脚を速めた。
なぜ突然、王宮が襲撃されたのか政治に関わらないアルヴァが知るところではなかった。
王国の軍閥を取り仕切る元帥からのいち早い伝令を受けたのは、王宮直属である親衛隊だった。
将校と騎士は、厳密には違う派閥になるが、兵を率いるという点においては似通っている。数年前、他国との戦争をしていた頃は、アルヴァも前線に行き将として戦っていた。
親衛隊は貴人の警護が最も優先される職務であり、純粋な軍人に比べれば、従軍の経験は長くない。しかしすぐに守備に当たることができるために、出兵を要請された。
国境近い、きな臭い動きが絶えない方面への対処に割かれている本隊が到着するまで、数日はかかる。
王都近くに配置された駐屯地の兵であっても、命令を受けてから編制されるまでどれほどかかるのか正確には予想できない。
日が沈み、夜が更けはじめる時間になる。
火急の事態であっても、数時間か、一日か。援軍が来るまでは食い止めねばならなかった。
炎に巻かれる城から、国王を探し出すことはかなわなかった。病に伏せっているという、かの君主が療養する離れには近づけなかったのだ。
敵との交戦を控えており、深入りできずに引き返した。
君主の安否を確かめられない状況であれば、次に選択すべきは、命に替えてセフェリノを守り通す行動である。
王太子を守護しているローレンの隊から可能な限り、敵兵を引き離し、押し返しながら時間を稼ぐ。
それがアルヴァの務めだった。
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