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クーデターの日 4

 前方に敵兵の姿を見とめて、踵で馬の速さを操った。  一息に肉薄する。  アルヴァが携える大槍は、先端が左右非対称になっている。片方には斧、もう一方には柄に対し垂直に刃が飛び出ていた。その形は両面が波打っており、噛み合った相手の刃を引っ掛けることができる。  鎌に似たそれは、敵の体に当たれば馬から引き落とし、剣を挟み込めば圧し折る。  その形状から、騎乗で用いるには重量があるが、石突から穂先までの全長や柄の太さまでミリ単位に調整された、アルヴァ専用の特注品であり彼だけが使いこなせる物だった。  重量は即ち破壊力である。鋼鉄の矛先は鎚ほどの重さを誇り、単純な殴打であっても致命傷を与える。それを軽々と敵を圧倒する技量で扱える者は他にいない。  ひと薙ぎに空を切る速さは、相手が得物を構える間も与えなかった。  一瞬にして叩き斬られた敵兵は、馬上から力なく落ちた。  息をつく隙もなくもう一人、迫り来た兵の剣を、戈の部分で受けると引き寄せながら手首を捻り、腹から真っ二つに折った。  柄を手のひらで滑らせて、狭めた間合いを測り、肉厚の斧を振り下ろし首を刎ねる。  三人目は、馬上から叩き落とし、その体を乗り越えた。背後で守る味方に止どめを任せ、敵陣に踏み込む。  戦線を上げれば、それだけ戦闘は激しくなる。  しかし、恐れはない。それはアルヴァに従う騎士達とて同様であった。  共に切磋琢磨し鍛え上げた精鋭部隊であるからこそ、たった数十の兵力でここまで戦うことができている。  だがすでに落命した者も何人かいる。夜更けであり、敵が焚く篝火しか頼りになる光源がないために、背後から迫られれば危うくもあった。  幸い、相手に騎兵は少ない。軽装の歩兵ならば、騎乗による突撃で蹴散らせばそれだけで重傷を与えられる。  一体何人を斬ったのだろうか。  槍には血脂が巻き、ほとんど鈍器と化している。馬の動きもだんだんと鋭さを欠きはじめている。疲労を隠せなくなっていた。  空に掛かる月の位置で、敵の足止めには成功していると思われた。  ローレンは騎士団のなかでも有数の実力を誇る、信頼できる人物だ。セフェリノを連れて遠くへ逃げているだろう。  あとは、援軍を待つだけだ。  それまで持ち堪える。持ち堪えねばならない。  不意にアルヴァの体が傾いだ。左腕にぬるいものが伝う。  かまわず姿勢を整えて敵兵に斧槍を叩きつけ、その体が地面に投げ出されるのを見届ける。  続いて迫る影がないのを確認して、アルヴァはわずかに後退した。自らの異変を確かめる必要があった。  左肩が思うように動かない。  関節あたりに背から突き立っている棒状のものが見えた。 「隊長!」  甲冑の継ぎ目を運悪く貫いていた。背はマントが隠しているために、命中したのは不運だったとしか言えない。  弓兵などいなかったはずだ。こんな夜中に、弓を配置するなど考えられない。  月の光だけで狙いを定められるとは、余程の手練だ。  狙っている位置は近いのか? 「お下がりください!」  部下の一人がそう叫ぶ声を聞きながら、アルヴァは片手だけで力まかせに、部下の傍に近づいていた敵兵を一人刺し貫いた。  左肩に意識を向けた。  矢は急所を避けている。致命傷ではない。まだ動ける。  この状況がつくる張り詰めた精神と、これまで培ってきた戦闘の経験が、冷静な思考をつくりだし痛みをやわらげていた。だがこれは長く続かないだろう。  彼の言う通り退いて、応急処置をするべきか。戦場に置かれ、冴え渡った思考が最適な行動を案じる。

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